ローザ・パークスさん永眠
11月2日、92歳で亡くなったローザ・パークスさんの告別式が行われた。
ローザ・パークスさんは、アメリカの公民権運動の目玉、モンゴメリー・バス・ボイコット運動の発端となった人だ。
1950年代、アラバマ州モンゴメリー市では、他の南部の各都市と同様、人種隔離政策が施行されていた。公共の場所 は全て、白人用と非白人用に分けられていた。バスは、白人用のバスと非白人用のバスを別々に走らせるのが経済的ではなかったため、席を人種別に指定すると いう方法がとられていた。前方の数列の席は白人用、後方の数列の席はそれ以外の人種用。その中間の席は、白人が座っていない時は、白人以外の乗客が座れる ことになっていた。(乗客のほぼ4分の3をアフリカ系アメリカ人が占めていた。)白人が沢山乗ってくると、中間席に座っている白人以外の乗客は、後方の席 に移るか、立つか、またはバスを降りなければならなかった。
1955年12月のこと。デパートで仕立て直しの仕事をしていたローザさんは、仕事の帰りにバスに乗り、中間席に座った。そのうち白人の乗客が増えてきたので、バスの運転手が、中間席に座っていたアフリカ系アメリカ人の乗客に後方に行くように指図した。
他のアフリカ系アメリカ人の乗客はみな後方に移動したが、ローザさんは座ったまま、立ち上がろうとしなかった。運転手は、「なぜお前は立たないんだ。」と詰め寄った。ローザさんは、「私が席を立つ必要はないと思います。」と返した。
この時の心境を、後にローザさんはこう語っている:「私はあの時、人間として、アラバマ州モンゴメリーの市民とし て、どのような権利を持っているのか確かめる必要があったのです。」「(通説では、)私は仕事で疲れていたから席を立つのを拒否した、と言われています が、私は身体的に疲れてはいませんでした。(人種差別に)屈することに疲れていたのです。」
席を立たなかったローザさんは逮捕され、モンゴメリーの条例に違反した罪で罰金を払わされた。
この事件が引き金となり、モンゴメリーのアフリカ系アメリカ人によるバスのボイコット運動が始まった。このボイコット運動を率いていたのが、マーティン・ルーサー・キング Jr 牧師だ。ボイコットは381日間続き、バスの経営者達に大きな経済的打撃を与えた。また、この運動は他のアフリカ系アメリカ人の公民権運動を誘発した。これら一連の公民権運動によって、南部における人種隔離政策は終焉を迎えることとなる。
ローザ・パークスさん、キング牧師、そしてフレッド・コレマツさんのように、正義の為に勇気を持って闘った方々がいるから、今、私達は人間として普通の生活を送れることができる。彼らには感謝のしようもない。
一方で、南部では人種隔離政策の余韻が今も根強く残っている。2、3ケ月前には、大手食品会社タイソンの運営するアラバマ州の養鶏所において、従業員用トイレのうち、改装されたばかりのトイレは「白人の従業員用」と指定されていたことが発覚したばかりだ。(この為、タイソンはアフリカ系アメリカ人の従業員達から訴訟を起こされた。)ローザさんがバスの席を立つことを拒否してから、ちょうど50年。今でもこのようなことが南部で起こっているなんて、と、彼女は天国であきれているに違いない。
資料:
Rosa Parks, Wikipedia