マヌ・チャオ:ラテン系オーディエンスに捧ぐ
すっかり古い話で恐縮だが、7月30日にマヌ・チャオ(Manu Chao)のコンサートがサンディエゴであり、行って来た。
マヌ・チャオは、フランス人のミュージシャンで、ヨーロッパ及びラテン・アメリカではスーパー・スターである。でも、アメリカではあまり知られていない。 彼は様々な文化を一つにした人間、という感じで、彼の曲は、サルサなどのラテン系ののりのものから、フラメンコ風、シャンソン風、アルジェリアに端を発す るライ風、ジャズ風、パンク・ロック風と様々。その中でもラテン系の曲調のものが多い為、メディア上では「ラテン系音楽のミュージシャン」とよく紹介され ている。数ヶ国語を話せ、フランス語、ポルトガル語、アラビア語、英語などでも曲を歌うが、特にスペイン語の曲が多い。アメリカではあまり知られてないと はいえ、彼の曲のうち数曲は映画に使われていたり、彼の曲をカバーしているミュージシャンもよくいるので、耳にされたことがある方も多いかもしれない。
私がマヌ・チャオが好きな理由は、その素晴らしい音楽性もさることながら、彼の政治的スタンスに惹かれているからだ。(ちなみに彼のお父さんは、フランスのリベラル派の有力紙、ル・モンドの コラムニストである。) 彼の曲には政治的メッセージが含まれているものが多い。アフリカやラテン・アメリカで政治圧制や貧困に苦しむ人たちのことや、そ んな人々がアメリカやヨーロッパの先進国により良い生活を求めて渡ってきたものの、不法移民として政府から隠れながら一生を送らなければならない悲しさ、 または狂った世界情勢を、切ないラテン系の曲調に乗せて歌っている。(フランス語やスペイン語が分かるわけではないが、歌詞を英語に翻訳したものを 読んだことがあるので....。) その上に、マヌ・チャオは特にラテン・アメリカの政治情勢に詳しく、色々な面で抑圧されている一般市民や原住民たちを 支援する活動に関わっている。コンサートも、アメリカでは全くといっていいほど行わないのに(今回は珍しい)、ラテン・アメリカの国々では毎年のように幾 度も行っており、ラテン・アメリカの人々とマヌ・チャオは深い絆で結ばれている。
さて当日は野外コンサートで、湾岸で開かれた。周囲は海だ。会場に辿り着くともう既に、沢山の人々が入っていたが、オーディエンスの大半はラテン系の方々 であった。ほとんどみなスペイン語をしゃべっている。たまにちらほらとフランス語が聞こえるので、フランス人の方々もいるようだったが。
ラテン系の方々は、本当に嬉しそうだった。この会場では、スペイン語をしゃべることが当たり前、プライドを持ってしゃべることができるのだ。メキシコの国旗を体に巻いている男性もいる。この様子に、私は胸を打たれた。
ここ最近アメリカでは、反移民主義が台頭してきていたが、特にラテン系移民に対して風当たりが強かった。スペイン語をしゃべったり、メキシコの国旗を持っていたりするだけで、白い目で見られる状態であった。ラテン系の移民の方々は、他の人たちには計り知れない苦しい思いをしてきたと思う。
でもこの日は、このマヌ・チャオのコンサート会場では、ラテン系であることと、スペイン語を話せることは、特権なのだ。みんな既に盛り上がっており、楽しそうだ。
私の近くにいた7-8歳くらいの愛らしい女の子が、スペイン語で何か話しかけてきた。「スペイン語分からないの。ごめんね。」と言うと、彼女は素直にびっ くりした模様で、今度は英語で、「本当にスペイン語分からないの?」と聞き返してきた。そう、スペイン語を話せれば、皆と一体感を味わえたであろうに、と 残念に思った。
さて、マヌ・チャオがステージに登場し、コンサートが始まり、会場は熱狂に包まれた。素晴らしい!と思ったのは、マヌ・チャオがオーディエンスに向かって 終始スペイン語で話したことだ。一応アメリカでのコンサートで、ラテン系ではないアメリカ人オーディエンスもいるのだし、マヌ・チャオ自身も英語が流暢に 話せるのだ。それなのに、彼がオーディエンスとのコミュニケーションの手段としてスペイン語を選んだことに、私は感動してしまった。彼は、もちろん知って いるわけだ。ラテン系の移民の方々が最近アメリカで通り抜けてきた苦渋を。だから、彼はラテン系の人々にこのコンサートを捧げようとしているのだ、となん となく分かった。もちろん、ラテン系ではないオーディエンス、私も含めて、は、そんな人間だからこそ彼を愛しているのである。
彼はオーディエンスから投げられたメキシコの国旗を見事にキャッチし、その国旗に身を包みながら歌い、ラテン系のオーディエンスと一体となっていた。
彼がオーディエンスに語りかけている時、もちろん何を言っていたか私にはさっぱり分からなかったが(スペイン語を勉強すればよかった、と後悔)、聞き取れ た言葉が二つあった: まず一つは「グァンタナモ」。グァンタナモ湾収容所で、米政府がアフガニスタンからの捕虜を非人道的に扱っていることを批判してい るのだな、と想像できた。二つ目の聞き取れた言葉は、「テキサス出身の馬鹿野郎。」明らかにブッシュ大統領のことを言ってるのだと分かった。
コンサートは本当に素晴らしかった。たぶん、これほど感動したコンサートはなかったかと思う。それもこれも、マヌ・チャオがラテン系のオーディエンスとしっかりと絆を築き上げているのがひしひしと伝わってきたからだ。
ロスでは一度しかアンコールをしなかったらしいが、サンディエゴでは二度アンコールに答えてくれた。二度目のアンコールでは、英語でパンク風の反戦曲をプ
レイし、「NO
WAR!!」と幾度も幾度も叫んでいた。実は周りには、海軍の軍船が行き来していたのだが。こんなマヌ・チャオに敬意を感じずにはいられない。