モーリー・アイヴィンス、R.I.P.
「モーリー・アイヴィンス、駄目だったよ。」友人から一行のメールが届いた。
モーリー・アイヴィンスが、乳癌で逝ってしまった。1999年に最初に乳癌を患って以来3度目の再発で、先週から入院していたが、今回とうとう癌の方が勝ってしまった。
モーリー・アイヴィンスは、テキサス州出身の政治コラムニスト/ライターである。
独裁的なブッシュ政権下の暗黒時代、「この人がいなければ、私は気が狂っていただろう」と感謝せずにはいられない正義感の強いジャーナリストやライターは数人いたが、モーリー・アイヴィンスは、その中でも特別な存在だった。彼女は、しっかりとした強い語調で、ブッシュ大統領の政策を批判し続けた。そして、ブッシュ大統領や共和党の政策をこっそり容認するヒラリー・クリントンのような民主党議員、いわゆる「軽共和党議員」への鋭い糾弾も忘れなかった。同時に、そのウィットに富んだ文章からは、彼女の暖かな人間性と大きな愛がひしひしと感じられ、私は彼女に感動と安心感と希望と勇気を与えてもらっていた。
1年半ほど前、友人のお母さんが乳癌であることが発覚した。彼は前年にお父さんを亡くしたばかりだった。夫を亡くしたばかりのお母さんは、鬱状 態に陥っており、自分が乳癌であると知った時には、まだ初期段階であったにも関わらず、もう治療を受けようという気力も無かった。友人は、お母さんの住む ペンシルバニア州周辺で良い専門医を探し出し、彼女を引っ張っていった。仕事の合間を縫って、自分の住んでいるカリフォルニア州とペンシルバニア州の 間を毎月何度も往復し、お母さんを精神的に支え、彼女の癌細胞摘出手術と、その後のキモセラピーにも何度も付き添った。
1999年に乳癌になって乳房を切断してから、キモセラピーなどの治療を繰り返しつつ、著書を書き、コラムを書き続け、強く優しく生き続けてきたモーリー・アイヴィンスが、友人(と恐らく彼のお母さん)にとって特別なインスピレーションであったことは、言うまでも無い。
友人と私は、会えばアイヴィンスのコラムについてよく語り合ったものだった。
そのアイヴィンスが逝ってしまった。
「モーリー・アイヴィンス、駄目だったよ。」という一行のメールに、友人の悲しみが伺えた。一方私も相当打撃を受けてしまった。もう彼女のコラムを読めないのだと思うと、何だか方向感覚が無くなってうろうろしてしまいそうな感じで、途方に暮れてしまう。
ただ、アイヴィンスに対しては、感謝の気持ちで一杯だ。彼女の文章のお陰で、希望と正気を保つことができたのだから。
彼女の死は、アメリカ全体にとって大きな痛手である。アメリカは、彼女の主張を、声を、失ってしまったのである。
アイヴィンスは、3週間ほど前にこう書いている。
重要なことは、私達が何かしなければならないということ。この国は邪悪で不必要な戦争に引き裂かれている。私達はこれを止めなければならない。
そして彼女は誓った。
昔っぽいキャンペーンだが、私達がこの戦争を終わらせる方法を見つけ出すまで、私は自分のコラムで戦争について書き続ける。毎回、戦争を止める方法について検討する。
しかしアイヴィンスは、その後、1つのコラムを書いたっきりで、逝ってしまった。記者会見で「私が決定権を持っている」とブッシュ大統領が言いきった直後に書いたコラムで、彼女は次のように述べた。
国を動かすのは私達国民。決定権を持っているのは私達。だからこそ私達1人1人が、この戦争を終わらせる為に、毎日外に出て、何らかの行動を起こさねばならない。
Comments
こんにちわ。私はモーリーアイヴィンスさんのコラムは読んだ事無かったんですけど…
どうやら貴重な人物を失ったみたいですね。
今からでも彼女の書いた物を読んでみたいなぁーと思いました。
最後の言葉すごーく胸に刺さります。
私も、また私の周りの人達も問題を解かってはいるものの、
結局自ら何らかの行動を起こす事を、なんだかんだ言い訳をつけてはしていないからです。
「またブッシュが…」と聞いても、「私にはどうしよーもないし」、と様々な言い訳をしてはよく現実逃避しますが、現実を見なさい!と喝を入れられたような気分です…
彼女のコラム、是非読んでみてください。力づけられますよ:
http://www.alternet.org/columnists/1406/
http://www.texasobserver.org/
そうですよね。私達も小さなことでも何かしなければならないと思います。近所でピース・ラリーがあれば参加する、ピース・グループに寄付する、連邦議員にメールやFAXを送るキャンペーンに参加する、などなど。私達にできることはやっておくべきですね。