連邦最高裁:部分出産中絶禁止法は合憲(2)
部分出産中絶禁止連邦法が施行されてから、ネブラスカ州の婦人科の医師達が、この法律は違憲であると連邦政府を訴えた。一方、カリフォルニア州でも、産婦人科の病院が同様に連邦政府を訴えた。この両方のケースにおいて、それぞれの連邦地域裁判所は、「母体を救う為に必要な場合は、このD&Eを許可する」という言葉がこの法律から抜けていること(つまり、この法律からは母体の安全に対する配慮が欠けていること)、妊娠中絶を選ぶ権利を行使する女性に不当に負担をかけること、法の定義が曖昧、などの理由で、部分出産中絶禁止連邦法は違憲である、と判決を下した。連邦政府はどちらのケースにおいても上訴したが、どちらにおいても、連邦控訴裁判所は連邦地域裁判所の判決を支持した。
両方のケースにおいて連邦政府は連邦最高裁判所に上告した。そして連邦最高裁が、この2つのケースを1つにまとめて下したのが今回の判決である。部分出産中絶禁止連邦法は合憲である、という判決だ。
この判決の内わけは、5対4。多数派はもちろんのこと、超保守派4人(ロバーツ、アリト、スカリア、トーマス)と中道保守派1人(ケネディ)。
この連邦最高裁の審理に当たっては、産婦人科医学会が、「胎児を引き裂かないで引っ張るD&Eは、他のD&Eに比べて、最も母体にとって安全な方法であるから、禁止されるべきではない。」と意見書を提出していた。にも関わらず、医学について何の知識もないこの保守派の5人の裁判官が、医者達に、「このD&Eを行えば、お前は犯罪者だ。」と断言したわけである。
しかも、多数派を代表して書いたケネディ判事の意見文によれば、「妊娠中絶は反モラル的で、沢山の女性が中絶を行った後に後悔している。ということは、妊娠中絶は女性にとって良くない医術であるということである。政府は女性を守るために、そのような医術を制限する権利がある。」という。
ちなみに、「沢山の女性が中絶を行った後に後悔している」というレポートは、妊娠中絶に反対するキリスト教保守派団体から提出された意見書にあったものである。つまり、ケネディ判事は、「胎児を引き裂かないで引っ張るD&Eは母体を守るために必要」という医学会の意見書は無視しているのに、この宗教団体の意見書には重きを置いているわけだ。
例え、沢山の女性が中絶を行った後に後悔しているということが事実であったとしても、それを基にして、止むを得ない理由(レイプによる妊娠、健康上の理由など)で妊娠を終わらせたい女性全てにとって中絶手術が良くない医術である、とは断言できないはずである。
それにしても、母体を救うためのD&Eを、「女性を守る為」という口実で禁止する。この矛盾した理論には首を傾げてしまう。
また、何が反モラル的かというのは個人が決めることであって、政府や裁判所が決めるものではない。裁判官は法を解釈するのが役目であって、自分のモラル感を市民に押し付けるのが仕事ではない。
この判決を見るに付け、オコナー判事を失った痛手は大きい、とため息をつくしかない。オコナー判事は中道保守派であったが、4人のリベラル派の裁判官(ギンズバーグ、スティーブンス、ブライヤー、スーター)と共に女性の妊娠中絶をする権利を守る側についていたから、彼女がいる間は、連邦最高裁は、ずっと5対4で妊娠中絶をする権利を保護してきた。今回も、オコナー判事がいれば、部分出産中絶禁止連邦法に対して違憲判決が下されていたことは間違いない。しかしオコナー判事が引退して超保守派のアリト判事が就任。今回の判決は連邦最高裁判所の保守化を嫌というほど象徴している。
オコナー判事が引退して、連邦最高裁でただ1人の女性裁判官となってしまったギンズバーグ判事は、反対意見文において、多数派の判決を鋭く批判している。
率直に言って、部分出産中絶禁止連邦法、そして、この法律を保護するこの裁判所の判決は、この裁判所が以前から繰り返し確認してきた「(女性の)権利」を削り落とす試み以外の何物でもない。今日この裁判所が下した判決の効力は、持続させてはならない。
Adjudging a Moral Harm to Women from Abortions, New York Times, April 20, 2007