ワイナリーにて
私はワインが大好きなのだが、胃酸逆流の症状がしばらく続いて4ヶ月間あまり医者からアルコール飲料を禁止されていた。
最初に診断に行った時、医者が、「一週間に平均どのくらいワインを飲みますか。」と聞くので、「平均だと、グラス5杯くらいでしょうかね。」と答えた。医者は横に首を振りつつ、まるで小学校の先生が悪ガキの生徒を注意するかのように言った。「その悪い生活スタイルをなんとかしなければなりませんね。」
これにはたまげた。一週間にグラス5杯なんて決して多くは無いのだ!毎日ディナー時にグラスをたしなむフランス人やイタリア人のことを考えてみよう!ディナーだけではない。友人によれば、フランスやイタリアの取引先の会社の人とビジネス会合を兼ねて昼食を一緒にすると、テーブルには絶対にワインのボトルがのっかっているそうだ。ちなみにアメリカでは、ビジネス・ランチでアルコール飲料を飲むのはもっての外だ。ワインが生活の一部になっているヨーロッパ人と、アルコール類は娯楽のもの、とみるアメリカ人の考えの違いだろう。(イギリス人の友人に言わせれば、「アメリカ人は、アルコールとうまく付き合うことができない子供なんだよ。」)
それにしても、ワインが飲めない間は、苦しい日々だった。ワインが好きな方には分かっていただけると思うのだが、ワインというものは、単なる「好きな飲み物」や「嗜好品」などではない。ワインは、(ちょっとclicheっぽい言い方だが)文化と芸術と社会と思想が反映されたもの、なのだ。だから、ワインに「思い入れ」てしまうのである。思い入れがあるから、恋人のようなものである。ワインが長い間飲めないというのは、恋人の体に長い間触れることができなくて欲求不満になるような、そんな感じである。
が、最近やっと医者から「適度に」飲んでもよいと許可された。
早速、テメキュラのワイナリーを回ってワイン・テイスティングをすることにした。テメキュラのワイナリーは、数年前に一度行ったっきり、ご無沙汰だった。やはりワイン・テイスティングというと、ナパ・ソノマ周辺に行ってしまう。テメキュラに行かない理由は色々あるが、やはりワインが、ナパ・ソノマなどのワインに比べてどうしても劣っていることが最大の理由だ。でも、忙しくてナパ・ソノマまで行く時間も無いので、今回は近場のテメキュラで我慢しておくことにした。
さて、テメキュラのとあるワイナリーに立ち寄った時のこと。ワインを注いでくれたサーバーが、グレープの種類についてあまり知識が無く、そこのワイナリーのワインがオレンジ郡のコンテストでメダルを取った、というような話ばかりしている(国際コンテストとか、カリフォルニア州コンテスト、というのなら話は分かるが、ローカルなオレンジ郡のコンテストでメダルを取ったことを自慢するというのが笑える。だいたいオレンジ郡にワイナリーなんて少ししかないから、出典者はみなメダルをもらったのではないのだろうか?)ので、「ほう、それはまたすごいですね!」と合わせるのも不毛だし、この中味の無いどうでもいい会話に退屈し始めてしまった。それで私はテイスティングの場を離れ、ワイナリーの庭を散歩することにした。
やっぱり、テメキュラに来るのはもうよそう、と思いながら庭に出ると、50代後半-60代初めくらいの中東風の男性が、ピクニック用のテーブルの椅子に座ってアフタヌーン・ティーを飲んでいる。目が合ったので、挨拶すると、「ここのワインを楽しんでいますか?」と話しかけてきた。
「あなたはこのワイナリーのオーナーですか?」
「そうです。宜しければ、庭を案内しましょう。」
というわけで、オーナーに庭を案内してもらいながら、色々話した。オーナーは、このワイナリーを2年程前に前のオーナーから購入したのだという。「購入してから、テイスティング場もこの庭も、全て改装させたんです。」庭に置かれてある数ある彫刻を指差しながら、「これらの彫刻は全て、中南米に行って私が自分で選んだものですよ。」と自慢げだ。ワイナリーの周辺一帯をもっと開拓して発展させるつもりだという。
「ああ、あなたはワインが好きでこのワイナリーを購入した、というよりは、ディベロッパーなんですね?」
「その通りです。アメリカに来るまでは、ヨーロッパでディベロッパーをやってました。あなたは日本人ですね?分かりますよ。私はシリア出身なんです。」
カリフォルニアに住んでいると、世界各国から来た人々と出会う。中東出身の人々にも少なからず出会ってきた。が、シリアからの人に出会ったのは、これが初めてだった。そうすると、好奇心がふつふつと湧いてくる。さっそくシリアについて尋ねてみた。
「あなたは私の娘のようです。」とオーナーは笑う。「私の娘はアメリカ生まれなのでアメリカ人ですが、中東情勢についてとても興味を持ち、今その話題について本を書いているんです。私にしょっちゅう色々な質問をしてくるんですよ。彼女には全く手こずっています。」オーナーは笑った後、急に真剣な表情になった。
「私はシリアでは生きていけなかった。キリスト教徒だからです。政府に圧迫されていました。自由が無かったんです。」
起業したはいいが、政府から嫌がらせを受け続けたという。
「馬鹿馬鹿しい要求ばかり押し付けてきた。我慢できませんでした。だからヨーロッパに移住したんです。」
中東出身の人には祖国で苦労してきた人が多いのは私も知っているが、オーナーの言葉に、祖国の政府に対する並々ならぬ怒りが伺えた。
オーナーは、イランの政府についても文句ありだ。
「イランでビジネスをしようとすると、キャッシュでこれだけの金額を前もって用意しないと駄目とか、本当にうるさい。全く馬鹿げている。」
最後に、最も聞きたかったことを聞いた。
「では、アメリカの中東政策についてはどう思われますか?私はアメリカ人では無いので、気軽に言ってくださって結構です。」
オーナーは、にっこり笑って言った。
「その話は、次回このワイナリーに来て下さった時に、話すとしましょう。」
テメキュラには今後めったに行かないだろうから、このキリスト教徒であるシリア人実業家が、米政府の中東政策についてどのような意見を持っているのか、聞きそびれてしまったということだ。ただ、もし彼が米政府の中東政策の大ファンなら、その場でそう言っていただろう。
Comments
それにしても、「日本の元気な中小企業300」に選ばれたというのはすごいですね。おめでとうございます。
ワイナリーでのお話、おもしろかったです。
そうですね、私の場合、大好きで毎朝楽しみに飲んでいる
ダージリンを飲んではいけないと医者に言われれば、
すごく落ち込みそうです。。。
お体、大切に!