フレッド・コレマツ氏が亡くなった。コレマツ氏は、アメリカの人権運動の歴史において、最も重要な人物の一人である。
第二次世界大戦中、米政府は、親又は先祖に日本人を持つという理由のみで、ジャパニーズ・アメリカン達を砂漠の真ん中に建てた収容所に強制収容した。必然的に、彼らのほとんどが家、財産、全てを失った。
コレマツ氏は、自分は強制収容に値するような悪いことは何もしていない、と、収容所に行くのを拒んだ。その為に彼は逮捕され、抑留された。
コレマツ氏は、政府がこのようなことを自国の人間に対して行うのは憲法違反だ、と信じ、政府を訴えた。この訴訟は、連邦最高裁判所まで行ったが、1944年、コレマツ氏の敗訴で終わった。
コレマツ氏は諦めなかった。正義感の強い弁護士達の助けもあって、40年後、彼は再び同様の訴訟を起こした。そして 1983年、ジャパニーズ・アメリカン達の収容は、憲法違反であったとついに判決が下されたのだ。政府は、戦時中に収容された人々に正式な謝罪を述べ、賠 償金を払った。
その後もコレマツ氏は、人権保護活動家として活躍。 1998年には、国民に授けられる栄誉勲章のうち最も崇高であるとされる「自由の勲章」をクリントン大統領から与えられた。
彼は最近も、9-11テロ事件以後のアラブ・アメリカン達の不当な扱い方について、政府を強く非難していた。
コレマツ氏はカリフォルニア州オークランドの出身。同州ラークスパーという街にある娘さんの自宅にて息を引き取った。86歳であった。
ちなみに、コレマツ氏を敗訴に追いやった1944年の連邦最高裁の判決は、アメリカの司法の歴史に残る汚点である、と現代ではみなされている。
Fred Korematsu, 86, Fought World War II Internment, Dies
Los Angeles Times, Mar. 31, 2005
以前ニューヨーク州の下級裁判所が、同性間の結婚を禁じた州法は州憲法違反であると判決を下したことを書いたが、昨日カリフォルニア州の下級裁判所も同様の判決を下した。同性結婚合法化に反対する団体は上告するつもりだが、まずはゲイ・レズビアンの人々と、彼らの権利を守る為に戦っているサンフランシスコのギャビン・ニューサム市長の勝利だ。
カリフォルニア州の婚姻法も、他州の婚姻法と同じように「結婚は男女間に存在する契約」であると定めている。同性カップル達とニューサム市長が、この婚姻法を無効にしてもらうべく訴訟を起こしたのだ。
クレイマー裁判官は、自分の選んだ相手と結婚する権利は、州民全てが持つ基本的権利であると断言。この権利を同性カップルから奪う婚姻法は、州憲法の「法の平等な保護を州民に保障する条項」に違反していると判決を下した。
被告のカリフォルニア州及び同性結婚合法化反対派は、結婚を男女間に限らせる婚姻法を施行することにより、州は結婚の伝統を維持しているのだ、と主張した。しかし裁判官はこの主張を却下。「1948年、異人種間の結婚を禁止した婚姻法を正当化する為に州が使った言い訳も、『結婚の伝統を守る為』だった。」と述べた。(異人種間結婚を禁じた婚姻法は、違憲であるとして、1948年に州最高裁から無効にされた。)
同性結婚反対派はまた、婚姻法は子供を作るという結婚本来の目的を保持する役目も果たしている、とも主張。クレイマー裁判官はこの理論も退けた。「人は子供を作る為に結婚するのではない。」
この同性結婚を巡る戦いは州最高裁までもつれこむだろう。成り行きを見守っていきたい。
Court Invalidates California's Same-Sex Marriage Ban
San Francisco Chronicle, Mar. 14, 2005