「私は(海軍)基地で掃除をしました。木々の枝を拾い集めたり、様々な仕事をしました。」メキシコ原住民語のザポ テック語を第一言語とするマルティネスは、片言のスペイン語で話す。彼は16歳。数週間前、時給8ドル、食事・睡眠ベッド付き、という約束で、KBRの下 請け業者に雇われ、メキシコのワハカからはるばるルイジアナ州までやって来ていた。
8月末、ハリケーン・カトリーナがルイジアナ州やミシシッピ州を襲い、一帯を破壊した。連邦政府は、ハリバートン社の子会社であるKBRに、被害を受けた当地の海軍基地の掃除と破壊された部分の再建築などの仕事を発注した。(ハリバートン社については、またいつか詳しく説明させていただきたいと思うが、ここで簡単に触れさせていただくと: 同社は、チェイニー副大統領が、 副大統領に就任する直前まで社長を務めていた会社である。政府が企業に仕事を発注する際、競争入札という手段をとらなければならないという規則があるが、 ハリバートン社はチェイニー副大統領というコネがあるため、競争入札なしで、ブッシュ政権からの発注を独占的にものにしている。)
KBRが受注した海軍基地の掃除と再建築というプロジェクトの為に、KBRの下請け業者はメキシコから労働者達を雇った。マルティネスもその1人だった。
「(海軍基地にいる間、)私達労働者は、1日2度、時には1日1度しか、食事を与えられませんでした。」マルティネスは言う。
「彼ら(KBRの下請け業者)は私達に、時給7ドルと、食事と住む場所を約束しました。」メキシコから雇われたもう 1人の労働者、17歳のシミトゥリオは言う。「でも、実際彼らは私達に何も与えてくれませんでした。食べ物さえも全く与えてくれなかった。私達は5日間 クッキーを食べていました。クッキーだけです。」
また、マルティネスやシミトゥリオ達は、仕事中に怪我をしようと、有毒こけなどが原因と考えられる病気になろうと、医療手当ても受けさせてもらえなかった。
それだけではない。更に彼らは、何週間分もの仕事の賃金も払われないまま、海軍基地から放り出された。わざわざメキシコから来た彼らは、アメリカの地で、働くだけ働かされた後、一文無しで飢えたホームレスとなってしまったのである。
マルティネス達を雇った下請け業者は、「我々はKBRから2カ月も払ってもらっていない。だから、彼ら(メキシコ人労働者達)に出て行ってもらうより他なかった。」と言う。
連邦政府から発注を受けた企業は、雇用した労働者に、「世間一般で払われている額」の賃金を払うことを、連邦法で義 務付けられている。また雇用主は、従業員を雇う際に、その従業員がアメリカで合法的に就労する資格のあることを証明する書類を記入させなければならない。 ところがブッシュ大統領は、緊急大統領令により、連邦政府からの受注でカトリーナの後始末をする企業を、これらの法律や規則から免除させた。これが、今回 のように、KBR(とその下請け業者)がメキシコから労働者を連れてきた挙句、賃金も払わないという行いを許す土台作りとなってしまった。
しかしKBRは、「我々はメキシコから不法就労者を雇ったりしない。」と主張している。
マルティネスやシミトゥリオのような労働者達と、KBR及びその下請け業者の間には、労働契約書なるものが存在しな
い。つまり、彼らがメキシコからKBRに雇われてきたのだという証拠がない。だから、彼らがいかに虐待されて放り出されようと、然るべく政府機関に苦情を
入れたり、訴訟を起こしたりすることは難しい。移民の権利を擁護する団体が、未払いの賃金を労働者達に払うようにKBRや下請け業者に対して行動を起こし
ている。しかし、多くのメキシコ人労働者達は、KBRや下請け業者の不条理で非人道的な行為に屈せざるをえないと思っているようである。
Gulf Coast Slaves
Salon, November 15, 2005
昨日、アメリカ各地でローカルの選挙が行われた。カリフォルニアでは、数都市で市長選があったのと、州法案・市条例案を承認するか否かについての投票があった。
さてサンディエゴの市長選では、ドナ・フライ民主党市議会員が、共和党から出馬した元警察官、ジェリー・サンダース氏に敗れてしまった。サンディエゴは、軍事基地があり、軍事産業が盛んな土地柄ということもあり、リベラルで民主党派のカリフォルニア州にあっては珍しく、共和党派の街である。市長も代々共和党が歴任してきた。それに伴い政治腐敗が巣くっており、その為に今、市は様々な問題を抱えている。だから、今回は改革派のフライ議員が市長に選ばれるべきだった。ところが共和党依然強し、(といっても僅差ではあるが、)サンダース氏が選ばれてしまった。
問題は、投票者が立候補者の見解や政策方針をよく分かっていないということだ。先日、サンディエゴで小規模なビジネスを経営するアマンダという女性と立ち話をしたのだが、彼女はサンダース氏に投票するという。理由は、「フライ議員より、サンダースが市長としてよく見える」かららしい。(フライ議員はサーファーなので、確かに日焼けがひどいのであるが。)
アメリカでは今、地方政府による収用権の濫用が目立っている。収用権とは、公共使用目的のものを建築する為に、建築予定地域において私的に所有されている土地・住宅・ビジネスを、市が強制買収する権利だ。元来、この「公共使用目的のもの」とは、学校、病院、高速道路などを意味していた。しかし最近は、市が、大企業の拡張計画を実現させる為に、家又は小ビジネスの所有者から土地を安価で奪い、大企業に渡すのがトレンドとなっている。市は、「大企業の拡張は市に多額の税金をもたらし、市民の福祉につながる」と主張する。しかし、調査によれば、土地を一般人や小ビジネスから取り上げて大企業に譲渡した所で、市への全体的な納税額が増えることは、まずないそうである。しかも、土地をもらった後で、拡張計画を中止する大企業も多い。
大企業を代表するロビー団体に魂を売り、収用権を濫用しているのは、サンディエゴ市も例外ではない。サンディエゴで、個人ビジネス又は小規模のビジネスを経営している人たちは、いつ市に取り上げられるか心配しなくてはならない。そんな状況下で、市の収用権濫用を公然と批判し続けてきたのは、フライ議員ただ1人だった。「市が、私的所有物の拡大を援助する為に、他の私的所有物を取り上げるのは、正当な収用権行使ではありません。」と、彼女は叫び続けてきた。一市議会員としてできることは限られているが、彼女が市長になれば、収用権濫用を止めることも可能だったのだ。
私がこのことを指摘すると、アマンダはびっくりした様子で、「フライ議員がそのような立場にあるとは知らなかった。それなら、私はフライ議員に投票するわ。」と言う。そう、市の収用権濫用問題は、小ビジネスを経営するアマンダにとっては重要な問題なのだ。にも関わらず、フライ議員が収用権濫用を無くそうと奮闘している唯一の人物であることを彼女は全く知らず、「見かけ」でサンダース氏を選ぼうとしていた?
私はアメリカの市民権を持っていないので、選挙権がなく、偉そうなことは言えないが、選挙権のある方々には、候補者が何を言っているか、何をしようとしているか、誰を代表しているのか(大企業なのか、サンディエゴ市民なのか?)、どうかよく見極めてから投票していただきたい、と思う。
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サンディエゴのダウンタウンには、地元の住民・観光客共にとても人気のあるお洒落なカフェがあった。このカフェは、アフガニスタンからの移民の親子が、10年以上前にオープンし、苦労して、「ダウンタウンの人気スポット」に成長させたものだ。
ところが2年前のこと。大手ホテル、マリオットが、拡張計画を市に提出した。この拡張計画を承認することは、市が、このカフェと一帯の土地を取り上げ、マリオットに与えることを意味する。市議会は7対1でこの拡張計画を承認した。反対票を投じたたった1人の議員は、ドナ・フライ議員だ。
カフェを泣く泣く空け渡した経営者のアーマッドさんは、最近の地元の新聞のインタビューで、こう述べている。「気分的にはまだ落ちこんでいますが、前を向いて生きていくしか仕方ない。ドナ・フライ議員が市長になるのを楽しみにしています。」
一方マリオット・ホテルだが、拡張計画は宙に浮いたようで、カフェがあった辺りには、今だなんの進展も見られない。
そして、フライ議員は市長に選ばれず。
むなしいことだ。
11月2日、92歳で亡くなったローザ・パークスさんの告別式が行われた。
ローザ・パークスさんは、アメリカの公民権運動の目玉、モンゴメリー・バス・ボイコット運動の発端となった人だ。
1950年代、アラバマ州モンゴメリー市では、他の南部の各都市と同様、人種隔離政策が施行されていた。公共の場所 は全て、白人用と非白人用に分けられていた。バスは、白人用のバスと非白人用のバスを別々に走らせるのが経済的ではなかったため、席を人種別に指定すると いう方法がとられていた。前方の数列の席は白人用、後方の数列の席はそれ以外の人種用。その中間の席は、白人が座っていない時は、白人以外の乗客が座れる ことになっていた。(乗客のほぼ4分の3をアフリカ系アメリカ人が占めていた。)白人が沢山乗ってくると、中間席に座っている白人以外の乗客は、後方の席 に移るか、立つか、またはバスを降りなければならなかった。
1955年12月のこと。デパートで仕立て直しの仕事をしていたローザさんは、仕事の帰りにバスに乗り、中間席に座った。そのうち白人の乗客が増えてきたので、バスの運転手が、中間席に座っていたアフリカ系アメリカ人の乗客に後方に行くように指図した。
他のアフリカ系アメリカ人の乗客はみな後方に移動したが、ローザさんは座ったまま、立ち上がろうとしなかった。運転手は、「なぜお前は立たないんだ。」と詰め寄った。ローザさんは、「私が席を立つ必要はないと思います。」と返した。
この時の心境を、後にローザさんはこう語っている:「私はあの時、人間として、アラバマ州モンゴメリーの市民とし て、どのような権利を持っているのか確かめる必要があったのです。」「(通説では、)私は仕事で疲れていたから席を立つのを拒否した、と言われています が、私は身体的に疲れてはいませんでした。(人種差別に)屈することに疲れていたのです。」
席を立たなかったローザさんは逮捕され、モンゴメリーの条例に違反した罪で罰金を払わされた。
この事件が引き金となり、モンゴメリーのアフリカ系アメリカ人によるバスのボイコット運動が始まった。このボイコット運動を率いていたのが、マーティン・ルーサー・キング Jr 牧師だ。ボイコットは381日間続き、バスの経営者達に大きな経済的打撃を与えた。また、この運動は他のアフリカ系アメリカ人の公民権運動を誘発した。これら一連の公民権運動によって、南部における人種隔離政策は終焉を迎えることとなる。
ローザ・パークスさん、キング牧師、そしてフレッド・コレマツさんのように、正義の為に勇気を持って闘った方々がいるから、今、私達は人間として普通の生活を送れることができる。彼らには感謝のしようもない。
一方で、南部では人種隔離政策の余韻が今も根強く残っている。2、3ケ月前には、大手食品会社タイソンの運営するアラバマ州の養鶏所において、従業員用トイレのうち、改装されたばかりのトイレは「白人の従業員用」と指定されていたことが発覚したばかりだ。(この為、タイソンはアフリカ系アメリカ人の従業員達から訴訟を起こされた。)ローザさんがバスの席を立つことを拒否してから、ちょうど50年。今でもこのようなことが南部で起こっているなんて、と、彼女は天国であきれているに違いない。
資料:
Rosa Parks, Wikipedia