治療が受けられずに死亡した子供を持つ母親。治療が受けられずに死亡した夫を持つ妻。治療に莫大な金を費やした為に、破産し、家を失い、路頭に迷う夫婦。「Sicko」で紹介されている人々だ。
アメリカには、医療保険を持たない人が4500万人以上おり、これ自体悲劇である。しかし、上記の人々はその4500万人の中に入っていはいない。
そう、この映画で紹介されているのは全て、医療保険を持っている人の話なのである。
保険会社の支払い拒否のせいで、治療を受けることができず家族を失った。または、治療を受けたために破産した。これが医療保険を持つアメリカ人の実態なのである。映画の中で紹介されている悲しくも悔しい実話の数々は、涙流さずには見られないものばかりだが、同時に、見ている者を恐怖に突き落とす。明日は我が身なのだ。いつでも自分や家族に同じことが起こる可能性があるのだ。(映画にはワタナベさんというアメリカ在住の日本人女性の話も紹介されている。彼女は日本に一時帰国した際、具合が悪くなって医者にかかり、脳腫瘍が発見された。アメリカに帰って治療を受けようとしたところ、彼女の保険会社(ブルー・シールド)から脳手術の支払いを拒否された。)
どこの会社の医療保険を持っていようと、どのタイプの医療保険を持っていようと、どれほど高い保険料を払っていようと、それは関係ない。被保険者が大病を患った時、または大怪我を負った時、保険会社はあらゆる方法と口実を使って、その治療の支払いを拒否するのだから。
医療保険が完全民営な為に、このような醜悪な状況に陥っているアメリカ。「Sicko」は、アメリカとは対照的に、政府が国民の税金を国民の健康のためにちゃんと使っているカナダ、イギリス、フランスの医療システムを紹介する。これらの国では、国民はどんな治療でも無料で受けられる。イギリスでは、治療が無料なだけではなく、病院に向かうバス・電車の運賃やタクシー代まで政府に要求できる。また、フランス国民の受ける治療の質は、世界一優れているとされている。
映画の中で、パリに住むアメリカ人女性が言う。「ここに住めることは特権だと思っている。私の両親がアメリカで一生を掛けて手に入れようとしているものを、ここで私は当然のように持てるのだから。」
また、別のパリ在住アメリカ人女性が、なぜアメリカとフランスではこうもシステムが違うのかについて意見を述べる。「フランスでは、政府は国民を恐れているのよ。(ご存知のように、フランス国民は事あるごとに通りに出て、政府に対してプロテストする。だから政府は国民のための政治をしなくてはならない。)でもアメリカでは、国民が政府を恐れているのよね。」
彼女の言葉でふと思い出したことがある。フランスでは、先の大統領選挙で、保守派のサルコズィ氏が勝利した。アメリカのリベラル派は、サルコズィ氏は医療保険を民営化させ、その結果フランスはアメリカの二の舞いになるのではないか、と懸念していた。だから私は、選挙結果が出た翌日に、パリにいる友人に、新しい大統領は医療保険民営化をすると思うか、とメールで尋ねてみた。彼の答えはこうだった。「フランスの国民はそんなことはさせない。国民全てが質の高い治療を無料で受けられる医療システムは、神聖なものだ。誰が大統領になっても手をつけさせない。フランス人とアメリカ人は基本的考えが違う。いくらサルコズィが保守派でも、アメリカで起こっていることが、フランスに起こると思えば大間違いだよ。」
ヨーロッパでは国立大学は学費が無料という国が多い。国民は、税金を払っていれば高等教育と健康を得られる。国民が健康で英知を持っていることが、国が健常である証拠である、とヨーロッパ諸国は考える。(当然の考えだが。)ところがアメリカでは、健康も高等教育も裕福でないと手に入らない。学費の高さから、低所得層の人々が高等教育を受けることは無理であるし、しかも、小・中・高校レベルでは、宗教を重んじ科学を否定する学校も多く、どう考えても国民を無知なままでとどめておこうとしているとしか思えない。映画の中で誰かが、アメリカの政府は、国民が無知で不健康だと、政治に関心を寄せる余裕も無いので、好き放題できるから、わざとそうしているのだろう、というようなことを冗談半分で言っていた。
この「Sicko」のような映画が、できるだけ多くの人々の目を覚ましてくれることを祈る。
昨年、カリフォルニア州議会は、州民全てが医療保険を持てるように、州政府運営による医療保険システムを開設する法案を可決したが、シュワルツェネガー知事が拒否権を行使したので、法律にならなかった。(知事は、州民全てが医療保険を持てるようにする方法を自ら提案したが、それは保険会社の保険を州民全てに購入させる、というものだった。)今年、カリフォルニア州議会は、昨年お蔵入りした法案(州政府運営による医療保険システム)をまた復活させ、可決しようとしている。カリフォルニア州にお住まいの皆さんは、こちらで署名に参加することによって、この法案SB840を支持する意思を州議会と知事に伝えることができる。
そして、とにもかくにも「Sicko」を観に行かれることをお薦めする。
アメリカ・ツアーも終盤に入ったマヌ・チャオの新曲、「Rainin in Paradize」のビデオを紹介しよう。
彼のロサンゼルスでのコンサートに行って来たが、大変な盛り上がりであった。昨年はラテン系のオーディエンスが圧倒的に多かったが、今回は白人オーディエンスの占める割合の方が大きくなっていた。ワシントン・ポスト紙がマヌ・チャオのインタビューを掲載したことからも、彼の存在がすっかりアメリカのメインストリームまで浸透してしまったのだということが伺える。
そんなこんなで、昨年はスペイン語だけでしゃべっていたマヌ・チャオは、今回のロスのコンサートでは、スペイン語と英語の両方でしゃべっていた。(笑) しかしどちらの言語でも、彼の伝えたメッセージは同じ。「反戦」「反ブッシュ/米政府」「グァンタナモ湾収容所を閉じろ」であった。
このキャッチーな新曲にも「反戦」、「反ブッシュ」のメッセージが色濃く現れている。(ボストン・ヘラルド紙によると、マヌ・チャオはこの曲の中で「アメリカの大統領は、地球にとってとんでもなくやっかいな野郎だぜ。」と歌っているらしい。)どうぞ、ご覧あれ。
6月26日、「法と正義を取り戻すために行動を起こす日 (Day of Action to Restore Law and Justice)」という大きなイベントがワシントンDCで開かれる。これは、米国市民自由権連合などの弁護士による市民自由権擁護グループやアムネスティ・インターナショナルなどの人権擁護グループ、平和活動グループなど、数多くのグループが合同主催するもの。
合衆国憲法で保障されている人身保護請求権(政府に身柄を拘束された時に、その拘束の正当性を審理するよう連邦裁判所に求める権利)や法の平等な手続きを受ける権利は、ブッシュ政権のいわゆる「テロに対する戦争」によって壊されている。このイベントは、それらの権利を復活させよ、と連邦政府に求めるものである。また、政府による拷問や虐待を終えるよう訴え、昨年末に法律となった軍事委員会法、いわゆる「拷問法」の改正も求めることになっている。
実はつい数日前、連邦司法機関が、いわゆる「テロに対する戦争」における連邦行政機関(ブッシュ政権)の権限逸脱を叱責した。
連邦控訴裁判所(第4巡回裁判所)が、「敵の戦闘員」として軍収容所に囚われの身であるアリ・サレ・カラー・アルマリ氏の人身保護の申し立てを受け入れ、ブッシュ政権には起訴しないまま同氏を軍収容所に抑留する権限はない、として、同氏を軍収容所から出し、ちゃんと刑法にのっとって彼を裁くようブッシュ政権に命令したのである。
ブッシュ政権側は、軍事委員会法は、「連 邦裁判所は、米国市民ではない敵の戦闘員の人身保護の申し立てを、審理してはならない。」と、定めているから、連邦控訴裁はアルマリ氏の人身保護の申し立てを却下せよ、と主張していた。これに対して同連邦控訴裁は、米国内で拘束、抑留されている者から、合衆国憲法で保障されている人身保護請求権を奪うことはできない、として、「当裁判所はアルマリ氏の人身保護の申し立てを審理する権限がある」と断言した。
数ある連邦控訴裁の中で最も保守的であると知られる(だからブッシュ政権に最も好意的であると思われている)第4巡回裁判所が、このような判決を下したのである。これは、「法の精神」がアメリカに戻りつつあることを示唆している。
日本の「国民投票法」について、エール大学法律学校のブルース・エーカーマン教授と早稲田大学法科大学院の川岸令和教授が、共同で興味深い意見文を書いている。お2方によれば:
国民の考えを最大限にしかも公平に引き出すのが民主的な国民投票。しかし「国民投票法」は、以下の理由により、その民主主義の理念から外れている。
- 言論の自由を抑制している。これは「国民投票法」の最大の問題。
- 国民投票が有効になるための最低必要投票率を設定していない。(有権者の10パーセントが投票所に足を運んだだけでも、国民投票が成り立ってしまう。有権者の90パーセントが参加していなくても「国民投票」といえるのか。)
更に、同教授らによれば:
「安部首相の言ったことで一つだけ当たっていることがある。日本国民が日本の政治の将来を自ら決める為に、国民主権の方向へ向かうことが必要であるということだ。」が、「国民投票法」は、その安部首相の言葉とは全く矛盾した内容となっている。
憲法第9条改正のような重大なことを、このように欠陥のある方法によって進めて行こうとする政治家達の態度に、日本の民主主義の将来が心配される。
マイケル・ムーア氏の新しいドキュメンタリー映画、「SICKO」がもうすぐ封切りされる。アメリカでは、自分の健康も高額な値を払って買わなければならない。裕福ではない限り、満足な治療は受けられない。それもこれも、強欲な医療保険業界と業界からロビーを受けた政治家達のせいである。「SICKO」は、そんなアメリカの医療事情の実態を詳しくリポートしている。
トレイラーでは、事故に遭い救急車で運ばれたことのある女性が、当時の自分の保険会社に関する体験を語っている。彼女は、後に保険会社から救急車代の支払いを拒否する手紙をもらったのだが、支払い拒否の理由は、「あなたは、当社から承認を受けずに救急車に乗った。」というものだった。彼女曰く、「いつ保険会社に連絡して救急車使用の承認をもらえばよかったというのかしら?車の中で意識を取り戻した時?」
民主党の大統領予備選候補者達はそれぞれ、アメリカ人全てが医療保険を持てるようにする為のプランなるものを発表している。これらのプランのほとんどが「国民に医療保険会社の保険を購入させるためのプラン」であり、カリフォルニア州のシュワルツェネガー知事が提案したものと良く似ている。これらのプランでは、平行して保険会社による理不尽な支払い拒否や無謀な保険料値上げを制限しない限り、醜悪な医療事情はあまり変わらないと予想される。デニス・クシニチ連邦下院議員のみが、(他の全ての先進国がやっているように)政府による国民医療保険システムを開設すべきであると主張している。(しかしこれは保険業界の力が強すぎるアメリカでは絶対無理だろう。)
