9 posts tagged “移民問題”
先月、17歳のメキシコ出身のマリア・ヒメネスさんが、働いていたカリフォルニア州ストックトンのブドウ園で、熱射病のために亡くなった。このブドウ園は、ブロンコ・ワイン・カンパニー(Bronco Wine Company)が所有するものであった。
カリフォルニア州政府が調査したところによると、マリアさん始め、このブドウ園の労働者は全て、毎日100°F以上(37.8℃以上)の中、十分な水分も日陰での休憩も与えられず、8時間以上ぶっ続けで働かされていたという。労働者の雇用及び監督を担当していたのはマーシド・ファーム・レイバーという人材派遣業者で、労働法違反で起訴される予定だ。
恐ろしいことに、ブロンコ・ワイン・カンパニーは、この人材派遣業者を今なお引き続き使っているらしい。また、自社のブドウ園で働いている労働者の労働条件の改善を試みようとしている気配も無い。
カリフォルニア・ワインの好きな方にはお馴染みだと思うが、ブロンコ・ワイン・カンパニーというのは、「2-Buck Chuck(ボトル一本$2.99、という値段からこの名前がついた)」として知られるチャールズ・ショー(Charles Shaw)・ワインの製造者だ。チャールズ・ショーは、その値段の安さと、その値段の割にはワインの質が良いこと(チャールズ・ショーのChardonnay《シャルドネ》ワインは昨年のカリフォルニア州ワイン・コンテストで優勝した)で、消費者に大変人気がある。
チャールズ・ショー・ワインが安いわけは、カリフォルニアではChardonnayグレープが過剰生産されており、余って捨てられようとしているグレープを安く買い取ってChardonnay ワインを大量生産したからだとかなんとか新聞で読んだことがある。しかし、昨年ソノマに行ってワイン・バーに立ち寄った時、カリフォルニアのワイン産業事情に詳しいそのバーのオーナーが話してくれたところによると、ブロンコ・ワイン・カンパニーの経営者(男性)が、裕福なワイナリー所有者(女性)と不倫関係にあり、彼女から安くグレープを譲ってもらったのがチャールズ・ショー・ワインの始まりだという。(事実かどうかは当人達のみぞ知る。)
しかし、労働コストをできる限り安く抑えていることも、チャールズ・ショー・ワイン安価の大きな理由の一つであることは間違いない。亡くなったマリアさんは、幸せの絶頂期にいた。婚約しており、妊娠していたのである。マリアさんの命と子供の命が、2ドル99セントのワインを生産するために犠牲になったと思うと、なんとも悔しい。
マリアさんの葬式には、アーノルド・シュワルツェネガー知事も出席した。
この話に憤られた方は、チャールズ・ショー・ワインを独占販売するトレイダー・ジョー(Trader Joe's)に、ブロンコ・ワイン・カンパニーに労働条件を改善するようプレッシャーをかけてほしい、と依頼するメールをこちらから送ることができる。
私はチャールズ・ショー・ワインのみならず、ブロンコ・ワイン・カンパニーの製造するワインを全てボイコットするつもりだ。ワイン好きの友人にそう伝えた所、友人もボイコットすると誓ってくれた。
カリフォルニアでは、伝統的に個人経営または家族経営だったワイナリーが、大手の投資会社やディベロッパーに次々と買い取られていっている。これらの大企業の多くは、労働コストを最低限に留めることによって利益を最大化させようとしているため、ブドウ園労働者の虐待は増える一方となる、と予想される。悲しいことだ。
軍隊リクルーターが不法滞在者の若者をリクルートする傾向が顕著になってきていること、例え本人はリクルーターの約束通り合法移民になれたとしても、家族は国外追放されてしまうことが多いこと、を前回書いた。
ちょうどインターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙が、イラクにいる間に、自分の家族が国外追放されるのではないかと心配しなければならない兵士たちのことを記事にしている。その記事に紹介されている人物が語った言葉の中で、下記が特に印象深かった。
妻がグゥアテマラに強制送還されそうになっているエドゥアルド・ゴンザレス海軍二等兵曹:
私はアメリカの為に命を捧げようとしているというのに、なぜこの国は私が家族と一緒にいることさえ許してくれないのか。
マーガレット・ストーク移民弁護士:
自分達の家族を国外追放しようとしている政府の為に、彼らは戦っているのです。
2005年の暮れ辺りから保守・右派の間で反移民主義が台頭し、ラテン系には不法滞在者が多いというイメージから、特にラテン系移民に対し風当たりが強くなった。(東ヨーロッパや ロシアからの不法滞在者も多い、つまり白人の不法滞在者も多いのだが、人種偏見から、「不法滞在者=ラテン系」となってしまっている。)共和党は、不法滞在者を重犯罪者にするという法案を作った。この法案は通らなかったが、ラテン系の不法滞在者を恐怖に落とし入れるには充分だった。
さて、この状況を大いに利用しているのが、軍隊だ。
軍隊は従来、低所得層の家庭の高校生をリクルートしてきた。大学に行きたくても学費が賄えないので、諦めざるを得ない、という状況にある彼らに、リクルーターは、「軍隊に入れば、大学の学費を払ってやる」と約束するのである。(実際には、軍隊に加入しても、大学の学費を獲得するのに様々な必要条件があり、それを満たして学費をもらう兵士は少ないらしい。) つまり、リクルートのターゲットは「低所得層の高校生」、リクルートの道具は、「高等教育」だった。
今でも低所得層の高校生はリクルートのターゲットであることに変わりはないが、最近、軍隊リクルーターたちは別の新たなターゲットにも狙いを定めている。それが、「不法滞在者」だ。そして彼らをリクルートする為の道具は、「グリーンカード(永住権)」である。
リクルーターたちは、ラテン系の高校生に近づき、彼らもしくは彼らの両親が不法滞在者であることを確認して、「軍隊に入れば、君と家族に永住権を与えてやる。」と約束する。不法滞在者に対する風当たりが強くなっている中、肩身の狭い思いをしてきた高校生達は、いつ国外追放されるか分からない恐怖から、または、両親を合法移民にさせてあげたいという一心から、軍隊に入ることを承知する。
こうしたリクルート方法は、全高校生の75パーセントがラテン系であるロサンゼルスで特に顕著である。
「私の高校にも、不法滞在の生徒が沢山います。」ロサンゼルス東部のガーフィールド校の教師を務めるアーリーン・イノウエ氏は言う。イノウエ教諭は、「学校における軍事化に反対する連合」という組織を作り、軍隊の口のうまいリクルートに騙されないように、生徒を教育している。イノウエ教諭の生徒であるサルバドー・ガルシア君は、お父さんが不法滞在者で、既に国外追放されている。サルバドー君は、このような体験をした:
「合法移民になりたければ、我々の為に戦ってくれ。そうすれば、君はもう二度と移民のことで悩まなくて済む。」と軍隊リクルーターは言ってきた。サルバドー君が、自分はアメリカで生まれた(つまり、アメリカ人である)というと、「君の家族の中で永住権が必要な人はいないのか?」と聞かれた。父親が不法滞在者だったので、メキシコに強制送還された、というと、「君が軍隊に入れば、お父さんを呼び戻すことができる。我々がお父さんに永住権をあげれば、もう誰も彼にちょっかいを出すことはない。」サルバドー君は、もう少しで承諾するところだった。しかし、アメリカの戦争と、アメリカの移民政策と、(貧困に窮する人が多い)メキシコの国の状態がどのようにつながっているか、という事実に気付き、断った。サルバドー君は今、軍隊リクルートから生徒を守るために積極的に活動している。
リクルーターたちは、あたかも軍隊が本人や家族に永住権を与えることができるかのように言うが、実際は、永住権を許可するか否かを審査し決めるのは、もちろん移民局である。移民局は、昔は法務省の管轄下に置かれていたが、9-11事件以降は、国土安全省の管轄に入り、その業務は、テロ対策のための移民管理、という色合いが強くなった。そうなってからは、不法滞在者に対して厳しい取り締まり方針をとっている。(ちなみに9-11のテロリスト達はみな合法滞在者だったのだが。)その移民局が、子供が軍隊に入ったからといって、不法滞在者であるその親を簡単に許し、どんどん永住権を与えるとは信じがたい。
現に、ホルヘ君というシカゴの元高校生は、リクルーターが「君と家族に永住権を与えてやる」と約束したから、軍隊に入った。確かにホルヘ君自身は、イラクに派遣された後永住権を取得できた。しかし、家族はもらえなかった。彼は怒り、もう軍隊は信用できないと思った。そして軍隊から逃げ出した。
ホアン・エスカランテ君の場合は、イラクにいる間に、移民局が彼と彼の両親をメキシコへ強制送還する手続きを始めた。ホアン君の属する陸軍ユニットの司令官が移民局に書状を送り、移民局もやっと彼を合法移民として認めた。しかし、彼の両親に対する強制送還手続きは、まだ続いている。
家族がちゃんと合法移民になれた場合も、ないことはない。
生まれた時からメキシコに住んでいるへスース・スアレス・デル・ソラー君は、ある日カリフォルニア州最南端の街チュラ・ビスタに買い物をしにやって来た。そこで軍隊リクルーターに出会い、「君がアメリカの軍隊に入れば、家族と一緒にアメリカに移住することができる。」と言われた。へスース君は、彼のメキシコの自宅の電話番号をリクルーターに渡して帰った。それから毎週2回はリクルーターから電話がかかり、カリフォルニアに引っ越すように両親を説得せよと、促された。へスース君と両親は、ついに、メキシコの自宅を売り払い、カリフォルニア州サンディエゴ郡に引っ越してきた。へスース君は、海兵隊に加入した。
それから3年後、へスース君は、20歳の若さで、イラクで戦死した。
へスース君の両親は、アメリカの市民権をもらった。しかし、子供を失った。2人は、へスース君の死に対処できず、離婚した。アメリカの市民権の代償は大きすぎた。
へスース君のお父さんであるフェルナンド・スアレス・デル・ソラー氏は、現在、へスース君の二の舞を出すまいと、軍隊リクルートからラテン系の若者達を守るべく、積極的に活動している。
Illegal Immigrants: Uncle Sam Wants You, In These Times, July 25, 2007
2005年暮れ辺りから、移民制度改革法案について連邦議会が議論を進めてきたが、結局法案を通すことはできなかった。不法滞在者に、罰金を課した後、行く行くは正当な移民となる法的手段を与えたい民主党と、不法滞在者を重犯罪者として永久に国外追放したい共和党の意図が一致しなかったのである。
連邦議会と平行して、各地の地方政府レベル(市レベル)でも移民問題について議論が行われていた。市によって、移民問題に対する態度は違っている。
「連邦政府(国土安全省-移民局)による不法滞在者取り締まりに、市は一切協力しない。」と宣言したカリフォルニア州のサンフランシスコ市やロサンゼルス市のように、不法滞在者を含めた移民全般に好意的であることをアピールする都市もあった。
また、先ごろ全国の主な都市の市長が集まって開いた全国市長会議では、移民はアメリカに貢献しているので、移民を圧迫・制限するような政策でなく、移民の権利を尊重した政策を執るべきである、というような決議が採択されている。(ちなみにこの市長会議では、対イラク戦争の終結を促す決議も採択されている。市長会議の決議は、ブッシュ政権、連邦議会、そして大統領選立候補者達それぞれに提出された。)
一方、不法滞在者を何とか撲滅したいとして、「反不法滞在者」条例を制定した市も沢山あった。ペンシルバニア州のヘイゼルトン市が制定した、家主が不法滞在者に住居を賃貸することを禁止する条例はその代表例であった。
ところがこのヘイゼルトン市の条例は違憲である、と、先日、ペンシルバニア州の連邦地域裁判所が判決を下した。大まかな理由は次の通りである。(1)移民に関することは連邦法の管轄である。この条例は連邦法の管轄を侵しており、連邦法が州・地方政府の法律より優位に立つと定める合衆国憲法の条項に違反している。また、(2)合法滞在者も不法滞在者も、公正に法の手続きを受けることを合衆国憲法により保障されている。ところがこの条例は、告知と聴聞の権利を不法滞在者であると疑われた者に十分に与えていないことから、違憲である。
ところで、カリフォルニア州サンディエゴ郡のエスコンディード市では、昨年市議会がヘイゼルトン市のものとそっくりの条例を可決した。条例は施行されないまま現在に至っているが、エスコンディード市議員たちは、施行を実現したいと願っている。ところが、連邦司法機関と州立法機関という大きな邪魔者が待ち受けており、前途多難だ。
- まず連邦地裁。エスコンディード市が条例を施行しようものなら、間違いなく条例の合憲性を問う訴訟が起こるであろうが、ペンシルバニア州の連邦地裁の判決と歩調を合わせて、南カリフォルニアの連邦地裁も違憲判決を下すであろう。
- そして連邦控訴裁。仮に、万が一、連邦地裁が合憲判決を下したとしても、アメリカの連邦控訴裁の中で最もリベラルであると知られる第9巡回裁判所(西海岸の州及びハワイ州のケースを担当)がそれを覆す判決を下すだろう。
- 更に、カリフォルニア州議会。州議会はちょうど今、ある州法案を可決しようとしている。その州法案とは、入居者がアメリカに合法滞在していることを家主に一々確認させるような条例を地方政府が制定することを禁じるもの。実はこの州法案は、エスコンディード市議会が上記条例を可決したことを受けて作られたもので、いわば州議会のエスコンディード市に対する「お叱り」であった。
Judge Voids Ordinance on Illegal Immigrants, New York Times, July 27, 2007
Escondido Council Divided over Hazelton Ruling's Effect, North County Times, July 26, 2007
連邦議会は、上院と下院でまだ移民政策改革法案の調整がついていない。しかし両院は、アメリカ-メキシコ国境沿いに強靭なフェンスを張り巡らすことでは、一致している。
今日はその国境に関する写真とビデオを紹介しよう。
まずは、Border Film Projectが集めた、アリゾナ-メキシコ国境の両側の写真。メキシコ側の写真は、アメリカに渡ることが目的で、国境を目指してやってきているメキシコ人の方々が被写体。一方アリゾナ側の写真は、国境を越えてくるメキシコ人を掴まえようとするミニットマン(ミニットマンについては、こちらをご参照のこと)が被写体。
次は、カリフォルニア(サンディエゴ郡)-メキシコ国境で、国境フェンスをネット代わりにしてビーチ・バレーボールをやっているビデオ。サンディエゴのダウンタウンから南に向かって約20分車を走らせた所。
ビデオ: Wallyball (Wholphin制作。時々詰まってしまうようなので、その時は数時間置いてトライする方がよいかもしれない。)
国境沿いに強靭なフェンスが建築されると、ビーチ・バレーボールもできなくなってしまうであろう。
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Comments
「私は(海軍)基地で掃除をしました。木々の枝を拾い集めたり、様々な仕事をしました。」メキシコ原住民語のザポ テック語を第一言語とするマルティネスは、片言のスペイン語で話す。彼は16歳。数週間前、時給8ドル、食事・睡眠ベッド付き、という約束で、KBRの下 請け業者に雇われ、メキシコのワハカからはるばるルイジアナ州までやって来ていた。
8月末、ハリケーン・カトリーナがルイジアナ州やミシシッピ州を襲い、一帯を破壊した。連邦政府は、ハリバートン社の子会社であるKBRに、被害を受けた当地の海軍基地の掃除と破壊された部分の再建築などの仕事を発注した。(ハリバートン社については、またいつか詳しく説明させていただきたいと思うが、ここで簡単に触れさせていただくと: 同社は、チェイニー副大統領が、 副大統領に就任する直前まで社長を務めていた会社である。政府が企業に仕事を発注する際、競争入札という手段をとらなければならないという規則があるが、 ハリバートン社はチェイニー副大統領というコネがあるため、競争入札なしで、ブッシュ政権からの発注を独占的にものにしている。)
KBRが受注した海軍基地の掃除と再建築というプロジェクトの為に、KBRの下請け業者はメキシコから労働者達を雇った。マルティネスもその1人だった。
「(海軍基地にいる間、)私達労働者は、1日2度、時には1日1度しか、食事を与えられませんでした。」マルティネスは言う。
「彼ら(KBRの下請け業者)は私達に、時給7ドルと、食事と住む場所を約束しました。」メキシコから雇われたもう 1人の労働者、17歳のシミトゥリオは言う。「でも、実際彼らは私達に何も与えてくれませんでした。食べ物さえも全く与えてくれなかった。私達は5日間 クッキーを食べていました。クッキーだけです。」
また、マルティネスやシミトゥリオ達は、仕事中に怪我をしようと、有毒こけなどが原因と考えられる病気になろうと、医療手当ても受けさせてもらえなかった。
それだけではない。更に彼らは、何週間分もの仕事の賃金も払われないまま、海軍基地から放り出された。わざわざメキシコから来た彼らは、アメリカの地で、働くだけ働かされた後、一文無しで飢えたホームレスとなってしまったのである。
マルティネス達を雇った下請け業者は、「我々はKBRから2カ月も払ってもらっていない。だから、彼ら(メキシコ人労働者達)に出て行ってもらうより他なかった。」と言う。
連邦政府から発注を受けた企業は、雇用した労働者に、「世間一般で払われている額」の賃金を払うことを、連邦法で義 務付けられている。また雇用主は、従業員を雇う際に、その従業員がアメリカで合法的に就労する資格のあることを証明する書類を記入させなければならない。 ところがブッシュ大統領は、緊急大統領令により、連邦政府からの受注でカトリーナの後始末をする企業を、これらの法律や規則から免除させた。これが、今回 のように、KBR(とその下請け業者)がメキシコから労働者を連れてきた挙句、賃金も払わないという行いを許す土台作りとなってしまった。
しかしKBRは、「我々はメキシコから不法就労者を雇ったりしない。」と主張している。
マルティネスやシミトゥリオのような労働者達と、KBR及びその下請け業者の間には、労働契約書なるものが存在しな
い。つまり、彼らがメキシコからKBRに雇われてきたのだという証拠がない。だから、彼らがいかに虐待されて放り出されようと、然るべく政府機関に苦情を
入れたり、訴訟を起こしたりすることは難しい。移民の権利を擁護する団体が、未払いの賃金を労働者達に払うようにKBRや下請け業者に対して行動を起こし
ている。しかし、多くのメキシコ人労働者達は、KBRや下請け業者の不条理で非人道的な行為に屈せざるをえないと思っているようである。
Gulf Coast Slaves
Salon, November 15, 2005
シュワルツェネガー知事の発言が、また波紋を呼んでいる。彼は、ミニットマンを賞賛し、「カリフォルニアに来れば歓迎する。」と述べたのだ。
ミニットマンを少し説明しよう。
1ヶ 月前になるが、反外国人/反移民の右翼的な人々が集まって、「ミニットマン・プロジェクト」なるものを計画した。ミニットマンとは、もともとは、武器と戦 術の訓練を受け、市民革命で闘って功績を収めた一般人からなる武装集団のことを指す。(と思う。間違っていたらごめんなさい。)「ミニットマン・プロジェ クト」は、アメリカ南端の国境を守ろう、というプロジェクトだ。
祖国で貧困に窮しており、家族を食べさせる為、又はより良い人生を送る為 に、国境を渡ってアメリカにやって来るメキシコ人は後を絶たない。もちろんアメリカには不法滞在しているわけだが、彼らは生活がかかっているので、そんな ことは言っていられない。彼らは安い賃金で喜んで、農場や建築現場で働いたり、レストランで下働きをしたりする。だからアメリカの雇用主もどんどん彼らを 雇う。需要と供給が見合っているのだ。
右翼アメリカ人達は、このメキシコ人達の存在が気に入らない。「不法滞在している彼らが、国や州の 社会保障サービスをただで使用していることが許せない。」という。しかし実際は、調査で明らかになっているように、不法滞在しているメキシコ人のほとんど はちゃんと税金を国と州に払っている。また言うまでもないが、その労働と消費によって彼らはアメリカの経済に大きく貢献している。
が、そういった細かな事実には、右翼アメリカ人達は耳を貸さない。先ほども述べたが、彼らは元々「反外国人」であり、外国人全てを相手にすることが不可能な為、「不法滞在しているメキシコ人」にターゲットを絞っただけなのである。
彼らは、ミニットマン・プロジェクトの名の下、アリゾナ州のメキシコ沿いの国境に集まって、不法に国境を渡ってくるメキシコ人を捕まえることにした。インターネット上の呼びかけに、アメリカ中から右翼達が国境沿いに結集。(写真はこちら:
http://www.minutemanproject.com/photos/photos_2005apr30_wrapup.html )
ミニットマンというだけあって、みな銃を持参した。このプロジェクトは1ヶ月間行われた。
ミ ニットマンに対して、世論は厳しかった。国境沿いの市の市長は「外国人嫌いの者達のクレイジーなアイデア」と言った。普段は不法滞在者に対していい感情を 抱いていない一般人たちでさえも、「レッドネック(米国南部に住む無知で無学な白人。【軽蔑語】)が集まって、お遊びでメキシコ人狩りをしているよう だ。」と眉をひそめた。 外国人が苦手と評判のブッシュ大統領でさえも、「問題を大きくするだけだ。」と言った。
ブッシュ大統領の言うこ とが正しかったことはあまり無いが、ミニットマンに関しては、ぴたりと的中した。ミニットマン達は、国境沿いに張られたアラームを誤って鳴らし、国境パト ロールを出動させてしまったり、記念写真や記念ビデオを撮影する為にメキシコ人を拘束したりした。(他人を拘束するのはどんな状況でも違法。)「ミニット マンは私たちの仕事の邪魔をしている!」と国境パトロール隊達はかんかんだった。
そして4月末、ミニットマンは成功を宣言し、アリゾナ州におけるプロジェクトを終了した。前述の市長の反応はこうだ。「なにが成功だ。彼らはアリゾナに国際的な恥をかかせただけだ。」
さて批判にも負けず、ミニットマンは、「今度はカリフォルニア州におけるメキシコとの国境を守る為に、サンディエゴに向かう。」と宣言した。そんな時だ。シュワルツェネガー知事がミニットマンの功績を讃え、「彼らがカリフォルニアに来れば歓迎する。」と言ったのは。
このミニットマンの支持に対し、知事は強い非難を浴びた。
知 事は、少し前にも口をすべらせて波紋を呼んだ。ロサンゼルスのラテン系のラジオ・ステーションのビルボードに「ロサンゼルス、カリフォルニア」の代わりに 「ロサンゼルス、メキシコ」と書かれてあるのを見て、知事は機嫌を損ねた。そして、「アメリカの国境を閉鎖すべきだ。」と述べたのだ。慌てて「私は英語が うまくないからあのような発言になってしまった。」と言い訳したのだが、ラテン系の人々の知事に対する不信感を消すことは出来なかった。
ある政治評論家によれば、知事は、州内の超保守派・極右派に受けようとしてこのような発言を行ったのだろう、ということだが、移民の多いカリフォルニアでこのような発言を繰り返すのは、自殺行為としかいいようがない。知事の支持率は、既に40%まで落ちている。
ミニットマン支持発言の波紋が大きくなる一方、知事は言い訳に必死だ。「もちろん私は移民が増えることには大賛成だ。私自身、移民なのだから。私は移民政策のチャンピオンだ。ただ不法滞在などの不法な行為は許可できない、と私は言っているだけなのだ。」
ちなみに、オーストリアからアメリカに渡ってきた時、労働許可証を持っていなかったシュワルツェネガー氏は、不法就労した過去を持つ。
Polls Push Governor to the Border
Los Angeles Times, April 30, 2005
Learn English, Judge Tells Moms
Los Angeles Times, Feb. 14, 2005
州で義務付けられている子供の予防接種を怠ったことなどで、政府の児童福祉局に通報された母親に関する聴聞会で、テネシー州地裁のテイタム裁判官は、このメキシコ出身の若い母親に命令した。「英語を習え。」
テ イタム裁判官がこのような命令を下したのは初めてではない。つい最近にも、子供の世話を怠っていると容疑を掛けられたメキシコ出身の母親に、「6ヵ月後の 聴聞会までに、小学校4年生くらいのレベルの英語がしゃべれるようになっておくこと。それができなければ、あなたの親権を絶つ手続きを開始する。」と言っ たのだ。
テイタム裁判官の命令は、地元テネシー州の街レバノンで賞賛された。レバノンは人口2万人ほどの小さな街。この街ではかつて、外 国語はおろか、外国語なまりの英語が聞かれることもあまりなかった。しかし今日レバノンの農場及び工場は、1200人ほどの外国生まれの労働者を雇用して いる。その大部分の人々がメキシコ出身であり、そのうち400人が、メキシコ原住民語のメキシテコという言語を話す。彼らのような原住民は、祖国で貧困に 窮乏しており、基本的な教育も受けられず、メキシコの公用語であるスペイン語さえも話すことはできない。
レバノンでアンティーク・ショッ プを経営するウィリアムス氏は言う。「この店のドアを開けて入ってきて英語を話さない人には、何も売れないね。すまないがね。この国にいたいんだったら、 英語の授業を受けてくれ。」「この国に住むんだったら、英語をしゃべる義務があるんじゃないのか。」と、保険代理店を営むブライト氏。「もし私がメキシコ に住んでいたら、ヒスパニックを習得するよう努力しただろう。」(ちなみに、ヒスパニックという言語は世界中どこにも存在しない。恐らくブライトさん、メ キシコの公用語であるスペイン語のことを言っているつもりなのだろうが、スペイン語は英語でSpanish(スパニッシュ)だ。ブライトさん自身が英語を もう少し勉強した方がよさそうだ。)
しかし、移民の権利を保護する市民団体や法律専門家は、テイタム裁判官の命令は間違っていると指摘す る。アメリカ市民自由権連合の弁護士達は、「テイタム裁判官の命令は差別的で憲法に反している」と言う。また、バンダービルト大学法律学校のブルックス教 授は、「本来裁判官の命令は、児童への虐待や放置に直接関連する親の行為について触れるものだが、英語を話す能力の欠乏は、虐待や放置に関連する親の行 為、とはみなされない。」また同教授によれば、州最高裁は既に、自分の子供を育てる権利は州民としての基本的な権利である、と判決を下しており、英語を話 せないという理由で親権を奪うことはできないはずだ。
6ヵ月後の聴聞会までに小学校4年生レベルの英語をしゃべるようになれ、と命令され た女性の弁護士であるゴンザレス氏は言う。「私のクライエントは恐らく、小学校6年生レベルの教育も受けていない。上等の教育を受けたテイタム裁判官で も、4年生レベルのスペイン語を6ヶ月で習得するのは無理なはず。裁判官は彼女に実行不可能な命令を下したのだ。」
正にprisonという感じですよね。メキシコの一般市民の方々及び政府はとても気を悪くしているようです。メキシコ政府の外相が、国連だったか国際正義裁判所だったか忘れましたが、クレームを出す、と言ってました。効力はないであろうと思われますが.....。
カナダとの国境には全く柵などないですね。広々とした空地を歩いているうちにカナダに入ってしまう、という感じのような。
ちなみに、同じ米国の国境線ともカナダとの国境線はそういうことはないみたいですね。