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2005年暮れ辺りから、移民制度改革法案について連邦議会が議論を進めてきたが、結局法案を通すことはできなかった。不法滞在者に、罰金を課した後、行く行くは正当な移民となる法的手段を与えたい民主党と、不法滞在者を重犯罪者として永久に国外追放したい共和党の意図が一致しなかったのである。
連邦議会と平行して、各地の地方政府レベル(市レベル)でも移民問題について議論が行われていた。市によって、移民問題に対する態度は違っている。
「連邦政府(国土安全省-移民局)による不法滞在者取り締まりに、市は一切協力しない。」と宣言したカリフォルニア州のサンフランシスコ市やロサンゼルス市のように、不法滞在者を含めた移民全般に好意的であることをアピールする都市もあった。
また、先ごろ全国の主な都市の市長が集まって開いた全国市長会議では、移民はアメリカに貢献しているので、移民を圧迫・制限するような政策でなく、移民の権利を尊重した政策を執るべきである、というような決議が採択されている。(ちなみにこの市長会議では、対イラク戦争の終結を促す決議も採択されている。市長会議の決議は、ブッシュ政権、連邦議会、そして大統領選立候補者達それぞれに提出された。)
一方、不法滞在者を何とか撲滅したいとして、「反不法滞在者」条例を制定した市も沢山あった。ペンシルバニア州のヘイゼルトン市が制定した、家主が不法滞在者に住居を賃貸することを禁止する条例はその代表例であった。
ところがこのヘイゼルトン市の条例は違憲である、と、先日、ペンシルバニア州の連邦地域裁判所が判決を下した。大まかな理由は次の通りである。(1)移民に関することは連邦法の管轄である。この条例は連邦法の管轄を侵しており、連邦法が州・地方政府の法律より優位に立つと定める合衆国憲法の条項に違反している。また、(2)合法滞在者も不法滞在者も、公正に法の手続きを受けることを合衆国憲法により保障されている。ところがこの条例は、告知と聴聞の権利を不法滞在者であると疑われた者に十分に与えていないことから、違憲である。
ところで、カリフォルニア州サンディエゴ郡のエスコンディード市では、昨年市議会がヘイゼルトン市のものとそっくりの条例を可決した。条例は施行されないまま現在に至っているが、エスコンディード市議員たちは、施行を実現したいと願っている。ところが、連邦司法機関と州立法機関という大きな邪魔者が待ち受けており、前途多難だ。
- まず連邦地裁。エスコンディード市が条例を施行しようものなら、間違いなく条例の合憲性を問う訴訟が起こるであろうが、ペンシルバニア州の連邦地裁の判決と歩調を合わせて、南カリフォルニアの連邦地裁も違憲判決を下すであろう。
- そして連邦控訴裁。仮に、万が一、連邦地裁が合憲判決を下したとしても、アメリカの連邦控訴裁の中で最もリベラルであると知られる第9巡回裁判所(西海岸の州及びハワイ州のケースを担当)がそれを覆す判決を下すだろう。
- 更に、カリフォルニア州議会。州議会はちょうど今、ある州法案を可決しようとしている。その州法案とは、入居者がアメリカに合法滞在していることを家主に一々確認させるような条例を地方政府が制定することを禁じるもの。実はこの州法案は、エスコンディード市議会が上記条例を可決したことを受けて作られたもので、いわば州議会のエスコンディード市に対する「お叱り」であった。
Judge Voids Ordinance on Illegal Immigrants, New York Times, July 27, 2007
Escondido Council Divided over Hazelton Ruling's Effect, North County Times, July 26, 2007
6月26日、「法と正義を取り戻すために行動を起こす日 (Day of Action to Restore Law and Justice)」という大きなイベントがワシントンDCで開かれる。これは、米国市民自由権連合などの弁護士による市民自由権擁護グループやアムネスティ・インターナショナルなどの人権擁護グループ、平和活動グループなど、数多くのグループが合同主催するもの。
合衆国憲法で保障されている人身保護請求権(政府に身柄を拘束された時に、その拘束の正当性を審理するよう連邦裁判所に求める権利)や法の平等な手続きを受ける権利は、ブッシュ政権のいわゆる「テロに対する戦争」によって壊されている。このイベントは、それらの権利を復活させよ、と連邦政府に求めるものである。また、政府による拷問や虐待を終えるよう訴え、昨年末に法律となった軍事委員会法、いわゆる「拷問法」の改正も求めることになっている。
実はつい数日前、連邦司法機関が、いわゆる「テロに対する戦争」における連邦行政機関(ブッシュ政権)の権限逸脱を叱責した。
連邦控訴裁判所(第4巡回裁判所)が、「敵の戦闘員」として軍収容所に囚われの身であるアリ・サレ・カラー・アルマリ氏の人身保護の申し立てを受け入れ、ブッシュ政権には起訴しないまま同氏を軍収容所に抑留する権限はない、として、同氏を軍収容所から出し、ちゃんと刑法にのっとって彼を裁くようブッシュ政権に命令したのである。
ブッシュ政権側は、軍事委員会法は、「連 邦裁判所は、米国市民ではない敵の戦闘員の人身保護の申し立てを、審理してはならない。」と、定めているから、連邦控訴裁はアルマリ氏の人身保護の申し立てを却下せよ、と主張していた。これに対して同連邦控訴裁は、米国内で拘束、抑留されている者から、合衆国憲法で保障されている人身保護請求権を奪うことはできない、として、「当裁判所はアルマリ氏の人身保護の申し立てを審理する権限がある」と断言した。
数ある連邦控訴裁の中で最も保守的であると知られる(だからブッシュ政権に最も好意的であると思われている)第4巡回裁判所が、このような判決を下したのである。これは、「法の精神」がアメリカに戻りつつあることを示唆している。
部分出産中絶禁止連邦法が施行されてから、ネブラスカ州の婦人科の医師達が、この法律は違憲であると連邦政府を訴えた。一方、カリフォルニア州でも、産婦人科の病院が同様に連邦政府を訴えた。この両方のケースにおいて、それぞれの連邦地域裁判所は、「母体を救う為に必要な場合は、このD&Eを許可する」という言葉がこの法律から抜けていること(つまり、この法律からは母体の安全に対する配慮が欠けていること)、妊娠中絶を選ぶ権利を行使する女性に不当に負担をかけること、法の定義が曖昧、などの理由で、部分出産中絶禁止連邦法は違憲である、と判決を下した。連邦政府はどちらのケースにおいても上訴したが、どちらにおいても、連邦控訴裁判所は連邦地域裁判所の判決を支持した。
両方のケースにおいて連邦政府は連邦最高裁判所に上告した。そして連邦最高裁が、この2つのケースを1つにまとめて下したのが今回の判決である。部分出産中絶禁止連邦法は合憲である、という判決だ。
この判決の内わけは、5対4。多数派はもちろんのこと、超保守派4人(ロバーツ、アリト、スカリア、トーマス)と中道保守派1人(ケネディ)。
この連邦最高裁の審理に当たっては、産婦人科医学会が、「胎児を引き裂かないで引っ張るD&Eは、他のD&Eに比べて、最も母体にとって安全な方法であるから、禁止されるべきではない。」と意見書を提出していた。にも関わらず、医学について何の知識もないこの保守派の5人の裁判官が、医者達に、「このD&Eを行えば、お前は犯罪者だ。」と断言したわけである。
しかも、多数派を代表して書いたケネディ判事の意見文によれば、「妊娠中絶は反モラル的で、沢山の女性が中絶を行った後に後悔している。ということは、妊娠中絶は女性にとって良くない医術であるということである。政府は女性を守るために、そのような医術を制限する権利がある。」という。
ちなみに、「沢山の女性が中絶を行った後に後悔している」というレポートは、妊娠中絶に反対するキリスト教保守派団体から提出された意見書にあったものである。つまり、ケネディ判事は、「胎児を引き裂かないで引っ張るD&Eは母体を守るために必要」という医学会の意見書は無視しているのに、この宗教団体の意見書には重きを置いているわけだ。
例え、沢山の女性が中絶を行った後に後悔しているということが事実であったとしても、それを基にして、止むを得ない理由(レイプによる妊娠、健康上の理由など)で妊娠を終わらせたい女性全てにとって中絶手術が良くない医術である、とは断言できないはずである。
それにしても、母体を救うためのD&Eを、「女性を守る為」という口実で禁止する。この矛盾した理論には首を傾げてしまう。
また、何が反モラル的かというのは個人が決めることであって、政府や裁判所が決めるものではない。裁判官は法を解釈するのが役目であって、自分のモラル感を市民に押し付けるのが仕事ではない。
この判決を見るに付け、オコナー判事を失った痛手は大きい、とため息をつくしかない。オコナー判事は中道保守派であったが、4人のリベラル派の裁判官(ギンズバーグ、スティーブンス、ブライヤー、スーター)と共に女性の妊娠中絶をする権利を守る側についていたから、彼女がいる間は、連邦最高裁は、ずっと5対4で妊娠中絶をする権利を保護してきた。今回も、オコナー判事がいれば、部分出産中絶禁止連邦法に対して違憲判決が下されていたことは間違いない。しかしオコナー判事が引退して超保守派のアリト判事が就任。今回の判決は連邦最高裁判所の保守化を嫌というほど象徴している。
オコナー判事が引退して、連邦最高裁でただ1人の女性裁判官となってしまったギンズバーグ判事は、反対意見文において、多数派の判決を鋭く批判している。
率直に言って、部分出産中絶禁止連邦法、そして、この法律を保護するこの裁判所の判決は、この裁判所が以前から繰り返し確認してきた「(女性の)権利」を削り落とす試み以外の何物でもない。今日この裁判所が下した判決の効力は、持続させてはならない。
Adjudging a Moral Harm to Women from Abortions, New York Times, April 20, 2007
ブッシュ政権になってから保守化が一層進んだ連邦最高裁判所が、女性が妊娠中絶する権利を狭める判決を下した。
今回の争点は、2003年に連邦議会が可決した部分出産中絶禁止連邦法。部分出産中絶というのは、連邦議会が勝手に考え付いた名前であるが、妊娠3ヶ月を過ぎてから中絶を行わなければならない場合に使用される、D&E(Dilation and Evacuation)という中絶方法の一つを指している。
妊娠初期段階、つまり妊娠3ヶ月までは、胎児を機械で掃除機のように吸い込む中絶方法が一般的である。3ヶ月以降は、まず薬で子宮頸部を広げておいて(Dilation)、ピンセットのような器具で胎児を掴んで母体外に出す(Evacuation)方法が主流。これをD&Eという。
D&Eには更に、器具を子宮に入れ、胎児を少しずつ引き裂き母体外に出す手順を何度も繰り返すという方法と、器具を子宮に入れ、胎児を引き裂かずにそのままの形で引っ張り、頭部が母体外に出た時に器具で潰すという方法がある。妊娠3ヶ月を過ぎてからの中絶は普通、妊娠-出産が害を及ぼすとみられる母体を救うために行われる。医者は、母体のその時の状況や、恐らく子宮頸部、胎児、器具の相対的サイズ、そしてその他色々なことを考慮し、どちらの方法がより母体を救う可能性が大きいかを判断する。胎児を引き裂かずにそのままの形で引っ張り出す方が、器具を何度も子宮に入れなくてもいいので、母体に負担を掛けず、傷付ける可能性も少ないと、この方法を好む医者が多い。
ところが、この胎児を引き裂かずに引っ張るD&Eに関し、1990年代後半から、「頭部を母体外に出してから潰すなんて、ひどいことだ。」と保守派の人々が騒ぎ始めた。当時共和党が多数派を占めていた連邦議会は、このD&Eを(頭部が母体外に出ることから)「部分出産中絶」と名付け、「部分出産中絶禁止法」案を2度可決した。が、2度とも、クリントン大統領が拒否権を行使し、法案に署名しなかったので、法律とはならなかった。ブッシュ大統領になってから、3度目に可決した法案がやっと法律となったというわけだ。
この部分出産中絶禁止連邦法は、胎児を引き裂かずに引っ張るD&Eだけに焦点を当てているようで、実はそれ以上の意味がある。1970年代に連邦最高裁が妊娠中絶を合法化する判決を出してから、保守派は、これを覆すべく闘っているが、その作戦は、女性の妊娠中絶する権利を徐々に削っていくことだ。部分出産中絶禁止連邦法は、いわばその作戦の一環なのだ。この連邦法ができた時点で、保守派は最初のスコアを獲得した。
そして今回、連邦最高裁がこの連邦法が合憲であると判決を下した為、保守派は更にスコアを増やしたこととなる。
ブッシュ大統領は今日、国民向け演説を行い、対イラク戦争における新たな策として、更に2万人の兵を戦地に送り込み、更に10億ドル以上を費やして、いわゆる「戦況をエスカレートさせる」計画があることを発表することになっている。ちなみに、戦争に疲れている米国民は、11%しか戦地における増兵計画を支持していない。(だからこそ、このブッシュ大統領の演説にハクをつける為に、ソマリア空爆をしたのだろう、と巷では見られている。)
民主党連邦議員達は、ブッシュ大統領の演説を前に、口々にこの「エスカレーション」計画への反対を表明している。ナンシー・ぺロシ下院議長及びハリー・リード上院内総務は、既に、ブッシュ大統領に考え直すよう促した書状を送り付けている。
しかし、議員として取るべき手段をまず取ったのは、エドワード・ケネディ上院議員(ケネディ元大統領の弟)であった。ケネディ議員は昨日、法案を議会に提出したが、それは、対イラク戦争に費やす兵数の増加及び軍事予算の増額を、連邦議会の承認無しでブッシュ大統領が勝手に行うことを禁止するものであった。
ケネディ議員の法案に対して、共和党の議員達は、「大統領は、合衆国憲法により軍の最高司令官と定められているのであるから、その大統領の権限を制限するような法律を連邦議会が作るのは、違憲である、」と言う。
共和党の議員達だけでなく、恐らくアメリカの国民のほとんどが、大統領には戦争全般に関して決断を下す絶対的権限がある、と信じていることだろう。
しかし、果たしてそうなのだろうか?
ジョージア州立大学法律学校のニール・キンコフ教授は、連邦議会には、戦争における大統領の権限を承認・制限する権限がある、という。同教授によれば:
戦争遂行において国王が絶対的で無制限な権限を振るっていたイギリスとは違った国にしたかったアメリカの建国者たちは、合衆国憲法の下、連邦議会には戦争を承認・制限する権限を与え、大統領には連邦議会から承認・制限された範囲内で戦争を遂行する権限を与えた。
大統領の戦争における権限を問う訴訟は歴史上あまり無いが、それでもその数少ないケースを見てみると、連邦最高裁判所も、連邦議会の承認あって大統領の戦争における権限が成り立つ、と一貫して解釈しているようだ。キンコフ教授によると:
1804年、フランスと海戦中だった当時、連邦議会は、フランスの港に向かう商用船を捉える権限を海軍に与える法律を作った。ところが海軍は、フランスの港からやって来る商用船をも捉えた。そのように大統領から命令を受けたからだった。連邦最高裁判所は、大統領はその権限を逸脱し、違法行為を犯したと判決を下した。1952年、鉄鋼工場の労働者達が賃金闘争でストライキを起こす予定であった。ちょうど朝鮮戦争の真っ只中であった。鉄鋼工場の運転が止まると戦争に影響を及ぼすことは必至と悟ったトルーマン大統領は、非常手段として工場を差し押さえ、運転を続けさせようとした。大統領は、戦力を維持させる為の大統領の正当な権限を行使したと主張したが、連邦最高裁判所は聞き入れず、大統領には、連邦議会の承認(法律)無しには、戦争の為であっても私営のビジネスを差し押さえる権限はない、つまり、大統領には、戦争においても、連邦議会の承認の無い所では行動を起こす権限は無い、と判決を下したのであった。
と、いうことを、連邦議員達(特に民主党議員達)が理解して、ケネディ議員の法案を可決してくれればよいのだが。
このケースの詳細については、こちらをご参照のこと。
今日、連邦控訴裁判所の15人の裁判官による判決が出され、先の3人の裁判官の判決を覆した。ネイティブ・ハワイアンを優先的に入学させるカメハメハ・スクールの入学方針は、「アメリカの原住民により良い教育を与える必要がある」とする連邦議会の意図と一致しており、公民権法違反ではない、として、原告側の訴えを退けたのである。
ハワイのニュースはアメリカ本土にはあまり詳しく入ってこないので、ネイティブ・ハワイアンの方々がこの判決にどう反応しているかということも、こちらではあまり分からないのだが、きっと喜んでいらっしゃることだろう。
ただ、当然のことながら、原告側は連邦最高裁判所に上告するつもりでいる。
Court Ruled for Hawaiians-First Admission Policy
Honolulu Advertiser, December 5, 2006
ブッシュ大統領は折に触れ、CIAだけは、捕虜を拷問・虐待しても罪から免れるように尽力してきた。捕虜の非 人道的取り扱いを禁止する連邦法が作られた時、大統領はこの法律を好きなように解釈して施行する権限がある(つまり、CIAが尋問を行う時はこの法律が適 用されない、と勝手に解釈して施行する)というようなことを書式声明にて告知している。
さ て今年6月、連邦最高裁判所が、グァンタナモ湾の軍事委員会は違法であると判決を下した。グァンタナモの軍事委員会とは、現地の収容所で抑留されているア フガニスタンからの捕虜を裁くために設置されたもの。判決の一部は、次のようなものであった: (1)アフガニスタンからの捕虜は、ジュネーブ条約の第三条約 (以下「第三条約」と呼ぶ)でいう「戦争捕虜」に相当する; (2)第三条約は、抑留国が戦争捕虜を裁く際、その裁判において戦争捕虜としての正当な権利 を保障するよう定めているが、グァンタナモの軍事委員会は、アフガニスタンからの捕虜に戦争捕虜としての正当な権利を与えておらず、第三条約に違反してい る。
ちなみにこの判決の内わけは、5対3であった。(ロバーツ判事長は審理しなかったので、8人。)多数派の5人は、リベラル派の4人の裁判官(スティーブンス判事、ギンズバーグ判事、スーター判事、ブライヤー判事)及び中道保守派の裁判官(ケネディ判事)であった。
こ の判決で意義のあることは、グァンタナモで拘束されている捕虜が、「第三条約で定められているところの戦争捕虜」とみなされたことだ。ブッシュ政権はずっ と、「今アメリカは戦争中である」という口実で、米軍の最高司令官である大統領と行政機関の権限を拡大させてきた。ところが、捕虜が捕虜としての権利をな いがしろにされていると訴えると、「これは本当の意味での戦争ではないから、捕虜には戦争捕虜としての権利などない」などと、ダブル・スタンダードの主張 をしてきたのである。しかしこの判決で、グァンタナモの捕虜が第三条約の恩恵を受けることとなった。
とすると、CIAがグァンタナモの 捕虜を拷問・虐待した場合、第三条約違反で訴えられ、違法判決を受ける可能性がある。第三条約は、戦争捕虜に対する拷問/非人道的扱いを禁止しているから だ。国内法なら、上でも述べたように、ブッシュ大統領が署名する段階で、法律を好きなように解釈して施行する権限が自分にある、と書式声明にて告知してき たが、国際条約はそうもいかない。
頭にきたブッシュ政権は、自分達で捕虜の取り扱いに関する連邦法案(軍事委員会法案)を練り、連邦議会に提出した。この法案の特徴は、大雑把にまとめると次のようなものである:
- 捕虜は、「不法な敵の戦闘員」(以下「不法戦闘員」と呼ぶ)と「合法な敵の戦闘員」(以下「合法戦闘員」と呼ぶ)に分けられる。
- 合法戦闘員は、敵国の軍隊の兵士。
- 不法戦闘員は、
- 合法戦闘員ではない者で、アメリカに敵対する行為をとった、もしくはそのような行為に向けて物質的援助を行った者、または、
- 大統領もしくは国防省長官が不法戦闘員であると指定した者。(つまりブッシュ大統領やラムズフェルド国防長官は、独断と偏見で誰でも不法戦闘員に指定して拘束する権限がある。)
- 不法戦闘員を裁く為に、大統領は軍事委員会を設置する権限がある。
- 不法戦闘員は、裁判にて、第三条約を持ち出して自分の権利を求めることはできない。
- 軍事委員会では、脅迫や強要による自白や証言を証拠として提示できる。(刑事法手続き枠内ではこれはご法度。)
- 第 三条約で禁止されている捕虜の拷問や非人道的扱いが、具体的にどのような行為を指すのかを解釈する権限は、大統領にある。 (つまり、CIAが今まで捕虜 に対して行ってきた尋問テクニック-模擬的に溺れさせたり(水面攻め)、冷却した室内に裸で置き、氷水をかぶせ続けたり、直立させたままにし、座ったり横 になったりすることを禁止したり、長期間に渡って睡眠妨害をしたり、家族を痛い目に遭わせると脅したりすることなど-は、誰もが第三条約で禁止されている 拷問/非人道的扱いに相当すると考えるであろうが、ブッシュ大統領が、「そうではない」と言えば、そうではないのである。)
- 連 邦裁判所は、米国市民ではない敵の戦闘員(合法、不法共に)の人身保護の申し立てを、審理してはならない。また、拘束方法、身柄の取り扱い方、軍事委員会 の裁判のやり方、収容所の状況などに関して、米国市民ではない敵の戦闘員が米政府を訴えても、それを審理してはならない。(つまり、アルカイダとは何の関 係も無いのに、間違って拘束されて、いかにひどい拷問・虐待を受け、人権を陵辱され、人生を台無しにされようとも、敵の戦闘員とみなされたものは、米政府 を訴えることはできない、運が悪かったと思って泣き寝入りするしかない、ということである。)
この法案は、好き勝手に誰でも拘 束する権限を大統領と国防長官に与え、第三条約を一方的に解釈する権限を大統領に与えることによってある程度の拷問を合法化し、捕虜にされてしまった者か ら基本的な法の保護を取り払ってしまうという、独裁政権国の法律のような、とても恐ろしいものである。こんな法案を、連邦議会が通すはずはない、と思われ るだろう。
しかし、連邦議会は、上院も下院も通してしまった。今やこの法案は、ブッシュ大統領に署名されて法律になるのを待つばかりだ。
民主党は、また無能さを発揮してしまった。この法案がどれだけひどいものであるかを国民に説明しないまま、議会での議論、続いて採決に移り、すんなりと法案を通過させてしまった。上院議会では、パトリック・レイヒ議員やエドワード・ケネディ議員(J.F.ケネディ元大統領の末の弟)などが、この法案のひどさを熱弁していたが、それだけに止まってしまった。
この法案はあまりにひどいので、法律になれば、その合憲性を問うための訴訟が起こり、連邦最高裁が違憲判決を下し、この法律を無効にするだろう、とタカをくくった民主党議員もいたはずである。だから、今の所はまあ通しておけ、と。
確 かに今の連邦最高裁なら、リベラル派4人と中道保守派1人の5人が、この法律は違憲であると判決を下すかもしれない。しかし、リベラル派裁判官の1人、ス ティーブンス判事は、現在86歳。いつ引退してもおかしくないのだ。もし彼がブッシュ政権下で引退した場合、もしくは、もし次期大統領も共和党で、その政 権下で引退した場合、後任には、ロバーツ判事長やアリト判事のように、行政機関に好意的な超保守派裁判官が指名されることになるだろう。5人が超保守派を占める連邦最高裁が、この法律は違憲、などと判決を下すことは、極めて可能性が少ないような気がする。
それを考えると、民主党議員達は今、この法案を通過させないようフィリバスター(議事妨害)をして、頑張るべきだったのではないか。ニューヨーク・タイムズ紙の社説には次のように書かれてある:
民 主党議員達が恐がっていることについては、彼らを責めるつもりはない。共和党は、この法案に投票しない者には、「テロリストを手助けしている者」という レッテルを貼ってやる、と明言してきたからだ。しかし後世の国民は、民主党がブッシュ政権に降服した理由付けなど覚えてはいないだろう。彼らが分かってい るであろうことは、2006年に連邦議会が、アメリカの民主主義の最低地に位置するともいえるこの圧制的法律を通過させた、ということのみである。
「同性結婚を禁じたネブラスカ州憲法の改正条項は、国の憲法に違反する。」連邦地域裁判所が判決を下した。ネブラスカは、2000年にこの改正条項を州憲法に組み入れたばかりだ。
現在までに、3つの州の州裁判所が、「同性結婚を禁止した婚姻法は、平等な法の保護(又は法の手続き)を州民全てに保障する州憲法の条項に違反している」と判決を下している。
しかし、連邦裁判所が、「同性結婚を禁止する州憲法は、平等な法の保護を国民全て保障する合衆国憲法の条項に違反する」と判決を下したのは初めてだ。
この連邦地裁の判決は、州憲法の名の下に、夫婦と同じ法的権利を同性カップルに与えていないことが違憲である、と言っているもので、同性結婚を認めよ、と命令しているものではない。
ネブラスカ州において、夫婦には付与され、同性カップルには付与されていない法的権利の例は次の通り:
- 仕事を休んで病気の配偶者の介護をする権利。(有給介護休暇)
- 重体の配偶者を病院に見舞う権利。
- 死亡した配偶者の葬式を行う権利。
- 配偶者を自分の医療保険の被保険者に指名する権利。
- 配偶者として、政治のプロセスに参加する権利。
- 両親としての権利。
ただ、カリフォルニア州、バーモント州、コネティカット州においては、婚姻は男女間のみに存在すると州法で定めているものの、同性カップルにも、シビル・ユニオン(Civil Union、2人の市民の共同生活体)やドメスティック・パートナー(Domestic Partner、家庭を築く為のパートナー)といった婚姻とよく似た制度を授けている。シビル・ユニオン(バーモント州・コネティカット州)又はドメスティック・パートナー(カリフォルニア州)の手続きを済ませた同性カップルは、夫婦に付与されている法的権利のほとんどを与えられる。夫婦と完全に同じ権利が与えられているわけではないので、こういった制度も、それはそれでまた問題があるのは事実だ。しかし、こういった制度が欠如しているよりはましなのであって、制度を導入しているこれらの州では、少なくとも、同性カップルにできるだけ夫婦と同じ法的保護を与えようとする姿勢が見られる。
一方、ネブラスカの州憲法改正条項は、同性カップルに対しては、婚姻どころか、シビル・ユニオンやドメスティック・パートナーのような制度も許可しない、と断言している。つまり同性カップルにとって、夫婦と同様の法的保護を受ける手段は皆無、ということだ。
今回の連邦地裁の判決は、国の憲法で保障されている平等に法的保護を受ける権利を、同性カップルであるという理由だけで彼らから奪うな、と命令しているものである。この命令に従うために、同性結婚を許可するか、それとも同性カップルの為にシビル・ユニオンやドメスティック・パートナーのような制度を設けようとするか.....それは、ネブラスカの立法機関の判断による。ただ、連邦地裁の判決に不服なネブラスカは、連邦控訴裁に上訴すると言っているので、この訴訟の最終結論はまだまだ先になりそうだ。
U.S. Judge Rejects Neb. Gay-Marriage Ban
Associated Press, May 13, 2005
フレッド・コレマツ氏が亡くなった。コレマツ氏は、アメリカの人権運動の歴史において、最も重要な人物の一人である。
第二次世界大戦中、米政府は、親又は先祖に日本人を持つという理由のみで、ジャパニーズ・アメリカン達を砂漠の真ん中に建てた収容所に強制収容した。必然的に、彼らのほとんどが家、財産、全てを失った。
コレマツ氏は、自分は強制収容に値するような悪いことは何もしていない、と、収容所に行くのを拒んだ。その為に彼は逮捕され、抑留された。
コレマツ氏は、政府がこのようなことを自国の人間に対して行うのは憲法違反だ、と信じ、政府を訴えた。この訴訟は、連邦最高裁判所まで行ったが、1944年、コレマツ氏の敗訴で終わった。
コレマツ氏は諦めなかった。正義感の強い弁護士達の助けもあって、40年後、彼は再び同様の訴訟を起こした。そして 1983年、ジャパニーズ・アメリカン達の収容は、憲法違反であったとついに判決が下されたのだ。政府は、戦時中に収容された人々に正式な謝罪を述べ、賠 償金を払った。
その後もコレマツ氏は、人権保護活動家として活躍。 1998年には、国民に授けられる栄誉勲章のうち最も崇高であるとされる「自由の勲章」をクリントン大統領から与えられた。
彼は最近も、9-11テロ事件以後のアラブ・アメリカン達の不当な扱い方について、政府を強く非難していた。
コレマツ氏はカリフォルニア州オークランドの出身。同州ラークスパーという街にある娘さんの自宅にて息を引き取った。86歳であった。
ちなみに、コレマツ氏を敗訴に追いやった1944年の連邦最高裁の判決は、アメリカの司法の歴史に残る汚点である、と現代ではみなされている。
Fred Korematsu, 86, Fought World War II Internment, Dies
Los Angeles Times, Mar. 31, 2005