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沖縄ジュゴンの訴訟に関し、国防省が連邦地裁にリクエストした第一審最終判決の内容に、辺野古基地建設がジュゴンに及ぼす危険性については、国防省は日本政府の環境影響評価を情報源の1つとして使用する、というような部分がある。ちなみに第一審最終判決はまだ出ていない。
実は、日本政府は政権交代前に既に環境影響評価の準備書を作成していたのであった。この中から、基地建設がジュゴンに与える影響の可能性についてまとめたレポートがこちら。
このレポートには、基地建設がジュゴンに与える影響は「ほとんどないと考えられる」とある。(辺野古基地建設を推していた自民党政権が作成したものだ、ということを念頭に置いておくべきだろう。)
正式な環境影響評価は未だに出来上がっていないようなのだが、仮に出来上がっていたとしても、国防省は、連邦地裁に報告しなければならない手前、生物学者の意見や他の資料も合わせて検討しなければならないだろう。しかし「ジュゴンに与える影響はない」という結論に至る可能性は大きい。
そうすると、原告は果たしてどう出るか。
はなゆー さん の お陰で辿り着いた、グリンピースの星川淳さんのブログ・エントリー「辺野古の基地建設は不可能・不必要?」が大変興味深い。このエントリーで星川さんは、沖縄ジュゴン訴訟について語っている。この訴訟は、辺野古における米軍基地建設が周辺のジュゴンの生息を脅かすとして、ジュゴンを守る為に、地元住民の方々及び日本とアメリカの環境保護・動物保護団体が米国防省に対して2003年に起こした訴訟だ。
2008年1月、連邦地域裁判所(第一審)は、沖縄ジュゴンは日本国家の歴史的文化遺産であり、国防省がジュゴンに対する影響を考慮せずに辺野古に基地を建設しようとしたことは、連邦法である国家歴史遺産保護法に違反している、と中間判決を下した。これは辺野古の住民と環境・動物保護団体にとって素晴らしい勝利だ。
この判決文(Okinawa Dugong v. Robert Gates)を読んでみると、先ほども言った通り、「国防省がジュゴンに対する影響を考慮せずに辺野古に基地を建設しようとしたこと」が、国家歴史遺産保護法に違反しているのであって、辺野古基地建設自体が違反している、と言っているわけではない。判決文の中で判事は、国防省に、ジュゴンを保護する為の具体的な情報入手法及び情報源を裁判所に提出するように命令した。
国防省は、それを受けて、ジュゴンが日本にとって歴史文化遺産なのであり、辺野古という土地とは関係ない、と明記した上で、日本政府の環境影響評価やその他の資料を情報源とし、生物学者や沖縄文化に詳しい専門家等に相談しながら、辺野古基地建設がジュゴンに影響を与える可能性を見積もり、そしてもし影響を与えるとすれば、それを回避するための対策を立てる旨、自分たちに命令する最終判決を下すよう、連邦地裁に嘆願した。
もし連邦地裁がこの国防省からの嘆願を受け入れてその通り最終判決を下したとしよう。辺野古基地建設に関する日本政府の環境影響評価は、2009年中に発表される予定だそうだ。(しかしもう12月だが。) もしその環境影響評価により、辺野古基地建設はジュゴンの生息を脅かす、と結論が出た場合、国防省は、それを回避する為に、「専門家に相談しながら」対策を立てるが、辺野古基地建設を断念する可能性は少ない。
もし原告側がこの一審最終判決に不服な場合、彼らは連邦控訴裁に控訴するだろう。また、連邦地裁が国防省からの嘆願を棄却し、国防省にとって不服な第一審最終判決を下せば、国防省が控訴するだろう。控訴中は、国防省は辺野古基地建設に着手できない。その間に、2006年に日米協定が定めた基地建設期間が期限切れすることになるらしい。
この訴訟の行く末を見守ろう。
2006年に施行された軍事委員会法は、合衆国憲法で保障されている人身保護請求権を侵害しているとして、連邦最高裁判所がたった今違憲判決をくだした!グァンタナモ湾捕虜の勝利だ。
カリフォルニア州最高裁判所は、アメリカの州最高裁判所の中で、他州の裁判所に判例として使用される判決の数が最も多い、と読んだことがある。それはなぜかといえば、やはりカリフォルニア州最高裁の取り上げるケースの内容とそれに対する判決が、この国の時代の最先端を行っているからだろう。他州の裁判所は、始めはカリフォルニア州最高裁の判決におののいたり、それを拒絶したりするものの、結局はその判決をお手本とするようになる、というわけである。
今回の同性結婚合法化の判決は、マサチューセッツ州最高裁に先を抜かれたが、アメリカにおいて輝かしき2番目の州最高裁判決を誇る。今の所、カリフォルニア州最高裁の判決を受けて同性婚合法化を考慮しているのはニューヨーク州(こちらは知事及び法務長官といった行政機関が考慮しているようだが)のみである。目下、同性結婚には目を背ける州の方が多いのが現実だ。しかしあと数年もすれば、マサチューセッツ州・カリフォルニア州をお手本として、各州に同性結婚合法化が広がるのではないだろうか。保守的な州ではかたくなに同性結婚を禁止するだろうが、同性結婚を認める州が多くなるにつれて、それに引き摺られる感じで連邦最高裁判所が、同性結婚の禁止は合衆国憲法違反であるとする判決を下すこととなるだろう。
実は、アメリカの先端を切り、カリフォルニア州最高裁が異人種間の結婚を合法化させる判決を下したのは1948年。それから20年近く経った1967年、連邦最高裁が、異人種間の結婚の禁止は合衆国憲法違反であると判決を下した。この判決により、アメリカ全州で異人種間結婚が合法化された。
(そう、1967年まで、アメリカの多くの州では、自分以外の人種の人と結婚すれば犯罪者になっていたわけである。ちなみに、この1967年の連邦最高裁の判決で勝訴を勝ち取ったミルドレッド・ラビングさんは、つい1ヶ月ほど前に、69歳で亡くなったばかりだ。ミルドレッドさんはアフリカ系アメリカ人、旦那様のリチャード・ラビングさんは白人。当時のバージニア州では異人種間結婚は重罪であった。2人は訴訟を起こし、連邦最高裁において、結婚する権利を勝ち取ったのだった。)
たぶん、同性結婚も異人種間結婚と似たような運命を辿るだろう。ただ、同性結婚の場合は、カリフォルニア州最高裁の判決から20年も経たないうちに、連邦最高裁が合法化判決を下すのではないだろうか。
2005年暮れ辺りから、移民制度改革法案について連邦議会が議論を進めてきたが、結局法案を通すことはできなかった。不法滞在者に、罰金を課した後、行く行くは正当な移民となる法的手段を与えたい民主党と、不法滞在者を重犯罪者として永久に国外追放したい共和党の意図が一致しなかったのである。
連邦議会と平行して、各地の地方政府レベル(市レベル)でも移民問題について議論が行われていた。市によって、移民問題に対する態度は違っている。
「連邦政府(国土安全省-移民局)による不法滞在者取り締まりに、市は一切協力しない。」と宣言したカリフォルニア州のサンフランシスコ市やロサンゼルス市のように、不法滞在者を含めた移民全般に好意的であることをアピールする都市もあった。
また、先ごろ全国の主な都市の市長が集まって開いた全国市長会議では、移民はアメリカに貢献しているので、移民を圧迫・制限するような政策でなく、移民の権利を尊重した政策を執るべきである、というような決議が採択されている。(ちなみにこの市長会議では、対イラク戦争の終結を促す決議も採択されている。市長会議の決議は、ブッシュ政権、連邦議会、そして大統領選立候補者達それぞれに提出された。)
一方、不法滞在者を何とか撲滅したいとして、「反不法滞在者」条例を制定した市も沢山あった。ペンシルバニア州のヘイゼルトン市が制定した、家主が不法滞在者に住居を賃貸することを禁止する条例はその代表例であった。
ところがこのヘイゼルトン市の条例は違憲である、と、先日、ペンシルバニア州の連邦地域裁判所が判決を下した。大まかな理由は次の通りである。(1)移民に関することは連邦法の管轄である。この条例は連邦法の管轄を侵しており、連邦法が州・地方政府の法律より優位に立つと定める合衆国憲法の条項に違反している。また、(2)合法滞在者も不法滞在者も、公正に法の手続きを受けることを合衆国憲法により保障されている。ところがこの条例は、告知と聴聞の権利を不法滞在者であると疑われた者に十分に与えていないことから、違憲である。
ところで、カリフォルニア州サンディエゴ郡のエスコンディード市では、昨年市議会がヘイゼルトン市のものとそっくりの条例を可決した。条例は施行されないまま現在に至っているが、エスコンディード市議員たちは、施行を実現したいと願っている。ところが、連邦司法機関と州立法機関という大きな邪魔者が待ち受けており、前途多難だ。
- まず連邦地裁。エスコンディード市が条例を施行しようものなら、間違いなく条例の合憲性を問う訴訟が起こるであろうが、ペンシルバニア州の連邦地裁の判決と歩調を合わせて、南カリフォルニアの連邦地裁も違憲判決を下すであろう。
- そして連邦控訴裁。仮に、万が一、連邦地裁が合憲判決を下したとしても、アメリカの連邦控訴裁の中で最もリベラルであると知られる第9巡回裁判所(西海岸の州及びハワイ州のケースを担当)がそれを覆す判決を下すだろう。
- 更に、カリフォルニア州議会。州議会はちょうど今、ある州法案を可決しようとしている。その州法案とは、入居者がアメリカに合法滞在していることを家主に一々確認させるような条例を地方政府が制定することを禁じるもの。実はこの州法案は、エスコンディード市議会が上記条例を可決したことを受けて作られたもので、いわば州議会のエスコンディード市に対する「お叱り」であった。
Judge Voids Ordinance on Illegal Immigrants, New York Times, July 27, 2007
Escondido Council Divided over Hazelton Ruling's Effect, North County Times, July 26, 2007
6月26日、「法と正義を取り戻すために行動を起こす日 (Day of Action to Restore Law and Justice)」という大きなイベントがワシントンDCで開かれる。これは、米国市民自由権連合などの弁護士による市民自由権擁護グループやアムネスティ・インターナショナルなどの人権擁護グループ、平和活動グループなど、数多くのグループが合同主催するもの。
合衆国憲法で保障されている人身保護請求権(政府に身柄を拘束された時に、その拘束の正当性を審理するよう連邦裁判所に求める権利)や法の平等な手続きを受ける権利は、ブッシュ政権のいわゆる「テロに対する戦争」によって壊されている。このイベントは、それらの権利を復活させよ、と連邦政府に求めるものである。また、政府による拷問や虐待を終えるよう訴え、昨年末に法律となった軍事委員会法、いわゆる「拷問法」の改正も求めることになっている。
実はつい数日前、連邦司法機関が、いわゆる「テロに対する戦争」における連邦行政機関(ブッシュ政権)の権限逸脱を叱責した。
連邦控訴裁判所(第4巡回裁判所)が、「敵の戦闘員」として軍収容所に囚われの身であるアリ・サレ・カラー・アルマリ氏の人身保護の申し立てを受け入れ、ブッシュ政権には起訴しないまま同氏を軍収容所に抑留する権限はない、として、同氏を軍収容所から出し、ちゃんと刑法にのっとって彼を裁くようブッシュ政権に命令したのである。
ブッシュ政権側は、軍事委員会法は、「連 邦裁判所は、米国市民ではない敵の戦闘員の人身保護の申し立てを、審理してはならない。」と、定めているから、連邦控訴裁はアルマリ氏の人身保護の申し立てを却下せよ、と主張していた。これに対して同連邦控訴裁は、米国内で拘束、抑留されている者から、合衆国憲法で保障されている人身保護請求権を奪うことはできない、として、「当裁判所はアルマリ氏の人身保護の申し立てを審理する権限がある」と断言した。
数ある連邦控訴裁の中で最も保守的であると知られる(だからブッシュ政権に最も好意的であると思われている)第4巡回裁判所が、このような判決を下したのである。これは、「法の精神」がアメリカに戻りつつあることを示唆している。
部分出産中絶禁止連邦法が施行されてから、ネブラスカ州の婦人科の医師達が、この法律は違憲であると連邦政府を訴えた。一方、カリフォルニア州でも、産婦人科の病院が同様に連邦政府を訴えた。この両方のケースにおいて、それぞれの連邦地域裁判所は、「母体を救う為に必要な場合は、このD&Eを許可する」という言葉がこの法律から抜けていること(つまり、この法律からは母体の安全に対する配慮が欠けていること)、妊娠中絶を選ぶ権利を行使する女性に不当に負担をかけること、法の定義が曖昧、などの理由で、部分出産中絶禁止連邦法は違憲である、と判決を下した。連邦政府はどちらのケースにおいても上訴したが、どちらにおいても、連邦控訴裁判所は連邦地域裁判所の判決を支持した。
両方のケースにおいて連邦政府は連邦最高裁判所に上告した。そして連邦最高裁が、この2つのケースを1つにまとめて下したのが今回の判決である。部分出産中絶禁止連邦法は合憲である、という判決だ。
この判決の内わけは、5対4。多数派はもちろんのこと、超保守派4人(ロバーツ、アリト、スカリア、トーマス)と中道保守派1人(ケネディ)。
この連邦最高裁の審理に当たっては、産婦人科医学会が、「胎児を引き裂かないで引っ張るD&Eは、他のD&Eに比べて、最も母体にとって安全な方法であるから、禁止されるべきではない。」と意見書を提出していた。にも関わらず、医学について何の知識もないこの保守派の5人の裁判官が、医者達に、「このD&Eを行えば、お前は犯罪者だ。」と断言したわけである。
しかも、多数派を代表して書いたケネディ判事の意見文によれば、「妊娠中絶は反モラル的で、沢山の女性が中絶を行った後に後悔している。ということは、妊娠中絶は女性にとって良くない医術であるということである。政府は女性を守るために、そのような医術を制限する権利がある。」という。
ちなみに、「沢山の女性が中絶を行った後に後悔している」というレポートは、妊娠中絶に反対するキリスト教保守派団体から提出された意見書にあったものである。つまり、ケネディ判事は、「胎児を引き裂かないで引っ張るD&Eは母体を守るために必要」という医学会の意見書は無視しているのに、この宗教団体の意見書には重きを置いているわけだ。
例え、沢山の女性が中絶を行った後に後悔しているということが事実であったとしても、それを基にして、止むを得ない理由(レイプによる妊娠、健康上の理由など)で妊娠を終わらせたい女性全てにとって中絶手術が良くない医術である、とは断言できないはずである。
それにしても、母体を救うためのD&Eを、「女性を守る為」という口実で禁止する。この矛盾した理論には首を傾げてしまう。
また、何が反モラル的かというのは個人が決めることであって、政府や裁判所が決めるものではない。裁判官は法を解釈するのが役目であって、自分のモラル感を市民に押し付けるのが仕事ではない。
この判決を見るに付け、オコナー判事を失った痛手は大きい、とため息をつくしかない。オコナー判事は中道保守派であったが、4人のリベラル派の裁判官(ギンズバーグ、スティーブンス、ブライヤー、スーター)と共に女性の妊娠中絶をする権利を守る側についていたから、彼女がいる間は、連邦最高裁は、ずっと5対4で妊娠中絶をする権利を保護してきた。今回も、オコナー判事がいれば、部分出産中絶禁止連邦法に対して違憲判決が下されていたことは間違いない。しかしオコナー判事が引退して超保守派のアリト判事が就任。今回の判決は連邦最高裁判所の保守化を嫌というほど象徴している。
オコナー判事が引退して、連邦最高裁でただ1人の女性裁判官となってしまったギンズバーグ判事は、反対意見文において、多数派の判決を鋭く批判している。
率直に言って、部分出産中絶禁止連邦法、そして、この法律を保護するこの裁判所の判決は、この裁判所が以前から繰り返し確認してきた「(女性の)権利」を削り落とす試み以外の何物でもない。今日この裁判所が下した判決の効力は、持続させてはならない。
Adjudging a Moral Harm to Women from Abortions, New York Times, April 20, 2007
ブッシュ政権になってから保守化が一層進んだ連邦最高裁判所が、女性が妊娠中絶する権利を狭める判決を下した。
今回の争点は、2003年に連邦議会が可決した部分出産中絶禁止連邦法。部分出産中絶というのは、連邦議会が勝手に考え付いた名前であるが、妊娠3ヶ月を過ぎてから中絶を行わなければならない場合に使用される、D&E(Dilation and Evacuation)という中絶方法の一つを指している。
妊娠初期段階、つまり妊娠3ヶ月までは、胎児を機械で掃除機のように吸い込む中絶方法が一般的である。3ヶ月以降は、まず薬で子宮頸部を広げておいて(Dilation)、ピンセットのような器具で胎児を掴んで母体外に出す(Evacuation)方法が主流。これをD&Eという。
D&Eには更に、器具を子宮に入れ、胎児を少しずつ引き裂き母体外に出す手順を何度も繰り返すという方法と、器具を子宮に入れ、胎児を引き裂かずにそのままの形で引っ張り、頭部が母体外に出た時に器具で潰すという方法がある。妊娠3ヶ月を過ぎてからの中絶は普通、妊娠-出産が害を及ぼすとみられる母体を救うために行われる。医者は、母体のその時の状況や、恐らく子宮頸部、胎児、器具の相対的サイズ、そしてその他色々なことを考慮し、どちらの方法がより母体を救う可能性が大きいかを判断する。胎児を引き裂かずにそのままの形で引っ張り出す方が、器具を何度も子宮に入れなくてもいいので、母体に負担を掛けず、傷付ける可能性も少ないと、この方法を好む医者が多い。
ところが、この胎児を引き裂かずに引っ張るD&Eに関し、1990年代後半から、「頭部を母体外に出してから潰すなんて、ひどいことだ。」と保守派の人々が騒ぎ始めた。当時共和党が多数派を占めていた連邦議会は、このD&Eを(頭部が母体外に出ることから)「部分出産中絶」と名付け、「部分出産中絶禁止法」案を2度可決した。が、2度とも、クリントン大統領が拒否権を行使し、法案に署名しなかったので、法律とはならなかった。ブッシュ大統領になってから、3度目に可決した法案がやっと法律となったというわけだ。
この部分出産中絶禁止連邦法は、胎児を引き裂かずに引っ張るD&Eだけに焦点を当てているようで、実はそれ以上の意味がある。1970年代に連邦最高裁が妊娠中絶を合法化する判決を出してから、保守派は、これを覆すべく闘っているが、その作戦は、女性の妊娠中絶する権利を徐々に削っていくことだ。部分出産中絶禁止連邦法は、いわばその作戦の一環なのだ。この連邦法ができた時点で、保守派は最初のスコアを獲得した。
そして今回、連邦最高裁がこの連邦法が合憲であると判決を下した為、保守派は更にスコアを増やしたこととなる。
ブッシュ大統領は今日、国民向け演説を行い、対イラク戦争における新たな策として、更に2万人の兵を戦地に送り込み、更に10億ドル以上を費やして、いわゆる「戦況をエスカレートさせる」計画があることを発表することになっている。ちなみに、戦争に疲れている米国民は、11%しか戦地における増兵計画を支持していない。(だからこそ、このブッシュ大統領の演説にハクをつける為に、ソマリア空爆をしたのだろう、と巷では見られている。)
民主党連邦議員達は、ブッシュ大統領の演説を前に、口々にこの「エスカレーション」計画への反対を表明している。ナンシー・ぺロシ下院議長及びハリー・リード上院内総務は、既に、ブッシュ大統領に考え直すよう促した書状を送り付けている。
しかし、議員として取るべき手段をまず取ったのは、エドワード・ケネディ上院議員(ケネディ元大統領の弟)であった。ケネディ議員は昨日、法案を議会に提出したが、それは、対イラク戦争に費やす兵数の増加及び軍事予算の増額を、連邦議会の承認無しでブッシュ大統領が勝手に行うことを禁止するものであった。
ケネディ議員の法案に対して、共和党の議員達は、「大統領は、合衆国憲法により軍の最高司令官と定められているのであるから、その大統領の権限を制限するような法律を連邦議会が作るのは、違憲である、」と言う。
共和党の議員達だけでなく、恐らくアメリカの国民のほとんどが、大統領には戦争全般に関して決断を下す絶対的権限がある、と信じていることだろう。
しかし、果たしてそうなのだろうか?
ジョージア州立大学法律学校のニール・キンコフ教授は、連邦議会には、戦争における大統領の権限を承認・制限する権限がある、という。同教授によれば:
戦争遂行において国王が絶対的で無制限な権限を振るっていたイギリスとは違った国にしたかったアメリカの建国者たちは、合衆国憲法の下、連邦議会には戦争を承認・制限する権限を与え、大統領には連邦議会から承認・制限された範囲内で戦争を遂行する権限を与えた。
大統領の戦争における権限を問う訴訟は歴史上あまり無いが、それでもその数少ないケースを見てみると、連邦最高裁判所も、連邦議会の承認あって大統領の戦争における権限が成り立つ、と一貫して解釈しているようだ。キンコフ教授によると:
1804年、フランスと海戦中だった当時、連邦議会は、フランスの港に向かう商用船を捉える権限を海軍に与える法律を作った。ところが海軍は、フランスの港からやって来る商用船をも捉えた。そのように大統領から命令を受けたからだった。連邦最高裁判所は、大統領はその権限を逸脱し、違法行為を犯したと判決を下した。1952年、鉄鋼工場の労働者達が賃金闘争でストライキを起こす予定であった。ちょうど朝鮮戦争の真っ只中であった。鉄鋼工場の運転が止まると戦争に影響を及ぼすことは必至と悟ったトルーマン大統領は、非常手段として工場を差し押さえ、運転を続けさせようとした。大統領は、戦力を維持させる為の大統領の正当な権限を行使したと主張したが、連邦最高裁判所は聞き入れず、大統領には、連邦議会の承認(法律)無しには、戦争の為であっても私営のビジネスを差し押さえる権限はない、つまり、大統領には、戦争においても、連邦議会の承認の無い所では行動を起こす権限は無い、と判決を下したのであった。
と、いうことを、連邦議員達(特に民主党議員達)が理解して、ケネディ議員の法案を可決してくれればよいのだが。
このケースの詳細については、こちらをご参照のこと。
今日、連邦控訴裁判所の15人の裁判官による判決が出され、先の3人の裁判官の判決を覆した。ネイティブ・ハワイアンを優先的に入学させるカメハメハ・スクールの入学方針は、「アメリカの原住民により良い教育を与える必要がある」とする連邦議会の意図と一致しており、公民権法違反ではない、として、原告側の訴えを退けたのである。
ハワイのニュースはアメリカ本土にはあまり詳しく入ってこないので、ネイティブ・ハワイアンの方々がこの判決にどう反応しているかということも、こちらではあまり分からないのだが、きっと喜んでいらっしゃることだろう。
ただ、当然のことながら、原告側は連邦最高裁判所に上告するつもりでいる。
Court Ruled for Hawaiians-First Admission Policy
Honolulu Advertiser, December 5, 2006